キリスト教に関する質問 人間が長生きできるかどうかは神が関係しますか?

補足

ありがとうございます。

宗教 | 哲学、倫理48閲覧

ベストアンサー

NEW! この回答はいかがでしたか? リアクションしてみよう

その他の回答(2件)

キリスト教では 目標は今いきてる現世において長生きするということではない、 とします。 ・・・新約聖書・・・ [マルコ福音 8:35] 自分の命を救おうと思う者は、それを失うが、私のため、また福音のために 自分の命を失う者は、それを救うのである。 [マルコ福音10:29~30] わたしの為また福音のために、 家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者は 誰でも、今この世で、迫害も受けるが、 家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、 後の世では永遠の命を受ける。 [マルコ福音16:16] 信じて洗礼を受ける者は救われるが、 信じない者は滅びの宣告を受ける。 [マタイ福音10:34] わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。 平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。 [マタイ福音10:37] わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。 わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。 [マタイ福音 10: 39] 自分の命を得る者は、それを失い、私のために命を失う者は、それを得る のである。 [マタイ福音 16:25] 自分の命を救おうと思う者は、それを失い、私のために命を失う者は、 それを得る。 [マタイ福音19:29] わたしの名の為に、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は 皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。 [マタイ福音 24:9] その時、あなた方は苦しみを受け、殺される。 また、わたしの名のために、あなた方はあらゆる民に憎まれる。 [ルカ福音9: 24] 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、私のために命を失う者は それを救うのである。 [ルカ福音12:49~53] わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。 その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。 あなた方は、私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。 そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。今から後、一家五人は、 三人が二人と、二人が三人と、対立して分かれることになる。 父は子と、子は父と、母は娘と、娘は母と、 しゅうとめは嫁と、嫁はしゅうとめと、対立して分かれる。 [ルカ福音 14: 33] 自分の財産をことごとく捨て去る者でなければ、 あなた達のうち誰一人として私の弟子ではありえない。 [ルカ福音書17:33] 自分の命を救おうと努める者は、それを失い、それを失う者は、命を保つ のである。 [ルカ福音18:24〜25] 財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。 金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだ易しい。 [ヨハネ福音8:24] だから、あなた達は自分の罪のうちに死ぬことになる と、わたしは言ったのである。『わたしはある』ということを 信じないならば、 あなた達は自分の罪のうちに死ぬことになる。 「ヨハネ福音12:25」 自分の命を愛する者は、それを失うが、 この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至る。 [ヨハネ福音 15:6] 私につながっていない人がいれば、枝のように投げ捨てられて枯れる。 そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。

人それぞれの生死に、神が関与されているとすれば、「神が関係」していると言えます。 キリスト教徒の大多数は、人の生死を司っていると、信じています。