ザビエルが日本にキリスト教を布教に来たのは1549年です。同じ頃、宗教改革がありました。カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)に分かれました。

ザビエルが日本にキリスト教を布教に来たのは1549年です。同じ頃、宗教改革がありました。カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)に分かれました。 ザビエルはカトリックでした。日本に布教に来たのは宗教改革の余波でしょうか?

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Counter Reformation 、カウンター・レフォーメイション の一環です。カウンター、そうです。ボクシングでカウンターパンチと言います。あのカウンターです。対・宗教改革運動と言いましょうか、プロテスタントの宗教改革への対抗の運動の一つでした。 イエズス会は、軍隊組織を模した組織で、たまたま守勢であったカトリックに合目的的であったために採用された教派でしたが、後にはその先鋭さがカトリック側からも否定されて一時期そこからも認定を外された経緯もありました。 今でも西欧社会ではイエズス会員は「変わり者」の印象を引きずっています。

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フランシスコ・ザビエルは、イエズス会の宣教師でした。 このイエズス会は、プロテスタントによって勢力圏が縮小したカトリックの勢力を拡大させることを目的とした修道会です。 そのため、イエズス会は、ヨーロッパ内だけでなく、世界中に宣教師を派遣していました。 極東地区の担当が、ザビエルでした。