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崇教真光はカルト教団としても認定されている宗教ですが、具体的に何が危険なので...

tigerfireviberさん

2009/12/211:25:21

崇教真光はカルト教団としても認定されている宗教ですが、具体的に何が危険なのでしょうか?一般の人の生活と、何がどのように変わってしまうですか?
また、無宗教の人が真光の男性と結婚するとどのような弊害が待っていますか?
詳しい方どうか教えてください…

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ベストアンサーに選ばれた回答

m_t04121986さん

2009/12/303:32:15

病気が手をかざすだけで治ると教え、信者から金を巻き上げるからです。
また、「薬は毒」という考えの元に信者に医療拒否をさせ、重症化してしまったり、聞いた話では亡くなった方もいるとか。

結婚し、家族となれば真光に一緒に入るように迫られるのが当然でしょう。教団では勧誘行為を「お導き」と呼び、教団内での「級」を上げるために皆努力しているそうです。はっきり言えば「信者(金づる)増やして貢献したから偉くしてやる。」ってことです。

これらは私が個人的に調査しての見解です。ご判断はお任せします。

質問した人からのコメント

2009/12/9 10:22:45

成功 参考になります。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

syuushigakuさん

編集あり2009/12/623:56:28

崇教真光の合言葉は「いつもニコニコ陽光子」です。真光信者は、利他愛を身上とし、決して他人と争わず、恨みも妬みもしない、最高の隣人であることを誇りとしているのです。

この背景には、天地一切神の声、良くなるしくみあるのみ、全て自分の身に起こることは、魂を輝かせて、完成させて天国に収穫したい、と願う、親神様が仕組まれる愛の手である、と確信することにあります。

自分の魂が幼い、、あるいは、洗わなければならない汚れ、傷がある、問題の原因は自分にある、自分が悪いと結論しますから、争いにはならないのです。
そしてこの判断が正しいことは、相手が悪いとして、相手を変えようと思っている間は何の進展もない問題が、自分が悪い、と思った瞬間に、相手も変ってしまうという奇跡の体験がよくあるのです。
まさに波動の世界、霊的世界、神と共に生きていることを実感します。

以上は信者は温和である、他人と争わない、なぜならば、苦労は神の鍛えと育ての仕組みであるからと知っているからです。を説明しました。

薬はなるべく飲まない、のは、多くの病気の原因が、薬の副作用によっておきていることを知っているからです。
例えば、乳癌の人が手かざしをうけることによって、皮膚から膿がでることがありますが、これが薬臭い、持病の頭痛も薬臭い膿や小水となって流れ出して治ることもあります。

子供には、薬を飲まさず、手かざしと自然治癒で治したい、子供のころ薬漬けにしてしまうと、一生不健康で過ごすとになるからです。薬信仰の方は、よく話し合っておかれるべきです。

とはいえ、緊急事態に必要なことは理解しています。
手術に関しても、霊的な神のメッセージを少しも考えずに物品のように切りとることが不味いのであって、手術してから、お浄めをすることに問題はありません。

岐阜の高山市には現代医療と、手かざしを組み合わせた、陽光健(康)院を開設しています。市民の方々がご利用なさっていることから、病気に対処する姿勢は、常識を逸したものではないことを解っていただけると思います。

わたしは米国にいますが、3年前に指導部のあるロスアンゼルス市から「宗教真光様、ウェルカム」の市長のサイン入りの書状を頂きました。歓迎されているということです。

現在の日本の総理である鳩山由起夫氏も信者であり、他に石原伸晃氏などの国会議員の方が数名入っておられます。大学の名誉教授もおられます。この方々は知的で広い視野、正しい理論が売り物ですから、このことからも宗教真光が、奥深くかつ、正しくてて必要なものであると認められていることがお解りになる筈です。

>無宗教の人が真光の男性と結婚するとどのような弊害が待っていますか?

子供に薬を与えるか、与えないか?が一番大きな問題だと思います。
真光の教えでなくても、薬の副作用の恐ろしさは勉強されたほうが宜しいです。

あなたが、信仰しないとしても、そう問題にはならないと思います。趣味があるか、ないか、の程度で済むはずです。

神と縁が深いか、浅いか、は生まれつき備わっているところもあるので、無理強いはしない、神と夫々の関係である、と教わっているからです。
しかし、趣味は一緒にやったほうが楽しいし、夫の趣味(宗教は知的な価値観でもあるので)を無視したり、馬鹿にしたりすれば夫婦として問題です。

道場はみんなで支えているので維持費はかかりますが、たいした額ではありません。
教団内の地位が上がるという人間臭い制度はありません。連絡係にプラスアルファといったところです。、

信者といっても、理解や思いいれに個人差があります。多少厄介な人もいますが、こういう人はじきににいなくなります。
平均的信者は、明るくて、陽気で、優しいです。道場に入ってみれば、その暖かさを感じて頂ける筈です。

神は光りなりの証し人になる=聖書には、はじめにことばありき、ことばは神であり、光りであり、命があって、ことばに縁らずにできた(できる)ものは何もなかった。佛教も大日如来、で日の光りで、神道は天照日大神です。
共通するのは、あん(神道)、あめん(基教)、あみんあもん(佛教)の48音(ヨハネ)で、外撥ねして預羽して天国に飛び帰る幸せの知恵です。

イエス、ユダもアイオーンの光る雲に包まれて変容して輝いた(ユダの福音書)、言霊(教え)と光り(手かざし)で人間は神を知り、神に育つことができる。
神の思いと働きを知ることによって、人生の意味が解り、幸せへの一本道が見えますから、闇世に迷うことがない、道の選択が早くなりますから、悩みが少なくなる(選択無碍、自由無碍)ので自然と陽気(精神と肉体の健康)になるのです。

せっかく幸せになる道を知る人に出会えたわけですから、一緒にこの光りの道を行かれたらどうでしょう。でなければ、もったいないなと思います。

漢字、地理、歴史、一切神の声、最後の学問「秀思學」のすすめ

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