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ニーチェと実存主義の関係

bluegoldenchildさん

2009/12/321:20:29

ニーチェと実存主義の関係

よくニーチェが
西洋のニヒリズムを見抜いた結果
実存主義が生まれてきたと説明されます。

そのため、
ニーチェを実存主義の祖先として
担ぎあげる文献を見ます。

確かに私から見て
その言説が間違っているとは思いません。

しかしニーチェのニヒリズム分析では
否定的ニヒリズム→反動的ニヒリズム→受動的ニヒリズムという過程を
徹底することで能動的ニヒリズムへ向うことを目標にしてました。

とすると、実存主義は
受動的ニヒリズムから能動的ニヒリズムに向かうように見せかけて
実は反動的ニヒリズムに転落してたのではないかと
私は思ってます。

皆さんはどう思いますか?

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kamiyawarさん

2009/12/611:55:21

凄いですね。相当哲学をやられた方なんでしょうね。尊敬します。
その御意見には大部分で同意します。
私はニーチェを人類史上最大級の苦悩を経験した人間と考えています。
私は何でも学問を始めるにあたって、その人間研究から入るんですが、あのニーチェの生い立ちから追っていくと、当然ニーチェはキリスト教の道徳世界に浸っていたはずです。その道徳の尊さを当時にあっても、ニーチェほど実感し、自分の価値観の高みにおいていた人間は少ないとすら考えます。
そのニーチェがキリスト教を捨てなければならなかった。同時に、ニーチェが大切に思っていた同時代人にも同じことを強いなければならなかった。
この苦悩は恐らく現代人には到底理解できないと考えています。ニーチェが抱いていたほどの価値観を持つ人間が少ないために。
何故ニーチェが崇拝するキリスト教を捨てねばならなかったのか。
それは当時台頭してきた科学により、工業文明が一気に加速される社会を予見していたためですね。物質文明という、未だ人類が経験したことのない厳しい文明に突入する中で、精神性の巨大な柱はいずれ脆くも崩れ去ることを予見した。
だからその中で、キリスト教に変わる、新たな支柱を建てる必要があった。それが超人思想の根底ですね。深遠な悲しみの大地に建てられた支柱なんです。
その思想を確立するためにニヒリズムという思想の道筋を残したわけです。
ニーチェはその苦悩の中で模索し、質問者さんがおっしゃるような段階を提言したわけですが、まず最初に、最も苦難である自己否定、それまでの価値観の否定をせねばならない。でもこの段階でニーチェ自身は巨大な信仰心を持つがゆえに、その肉体を破壊するまで苦しんだ。
そこを乗り越えることができれば、あとは実存というものを見据えて自分の中に新たな価値観を築けばいいと考えていたわけです。
でも、残念ながら時代の変容はニーチェの想像を上回る速さで行なわれた。物質文明がこれほどのスピードで、また多様さで拡散していくとは、恐らく誰にもわからなかったでしょう。
だからニーチェ以降の人間は、その猛烈に速い濁流の中で、ついに確固たる土壌を得ることが出来ず、ニーチェの道筋を辿ることができなかった。
私は以上のように考えています。
サルトルほどの巨人でさえも、一度現実社会の奔流に自己を投げ入れれば、もう確固たる実存を保つことはできなかった。
でも、これは完全に私の予感程度の戯言と思っていただいて結構ですが、私自身はニーチェがあの永劫回帰の思想により、再び人間が神へと帰順することを願っていたのではないかと考えています。
物質文明の中で、真に実存的な人間になった時、その人間は再び神に巡り会うと。私はどうあっても、人間は神の存在なくして生きることは不可能と考えています。
この物質文明がそうやって克服されていくのか、それとも宿命的に自壊していくのか。大変に興味深いところです。

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