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本因坊丈和と丈策 お互いどんな棋風だったかも教えてください どちらが最強...

miy********さん

2010/1/1912:40:54

本因坊丈和と丈策

お互いどんな棋風だったかも教えてください

どちらが最強かも

力碁の丈和に
妙手などはありますか?(結構) 道策は妙手の打ち手だと思いますが…

補足はい 間違いないですよ それだけ丈策は比較の存在でないのですか?

ちなみに 道策 秀作 丈和で(ほかの昔の一流棋士でもいいですが) 歴代最強と思う棋士はいますか?現在の棋士でも 世界でもいいです!

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aer********さん

2010/1/1922:05:30

丈策は論ずるに値しません。私は秀栄名人の碁が格調、力感ともに第一と信じます。

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

mic********さん

編集あり2010/1/1916:15:26

十二世本因坊丈和は、江戸時代の2人の棋聖。前聖と言われる道策に対して、丈和は後聖と言われました。(後に、後聖の名は秀策に取って変わられてしまいますが。)
丈和の棋風はとにかく力戦家であり、乱戦から勝利をもぎ取る力は、見ていて圧倒されます。「碁は戦いである」を地で行く丈和はもっと見直されるべきであると評価するプロ棋士も多くいます。

丈和の妙手と言えば有名なのは、松平家の碁会で赤星因徹と対局して、序盤は井上家秘伝の大斜の奇手により丈和が苦戦するものの、中盤になって「丈和の三妙手」といわれる好手で逆転したものが良く知られています。
しかし、これは、見方によっては、力づくの苦し紛れ(一面、丈和らしいともいえる)のような感じで、名人となった経緯のエピソードや、因徹が盤上に吐血して倒れ、命を落としたことなどから、過大に有名になって評価されたようなところもあります。

それよりも、丈和第一の妙手というと、文政4年の井上安節(後の幻庵因碩)との御城碁でしょう。
中盤、54手目と80手目。強く抑えずに、軽くケイマに外して打った、ちょっと気がつかない妙手を、是非鑑賞してみてください。


十三世本因坊丈策は、十一世元丈の実子で、丈和に本因坊を継がせてくれた元丈への恩義から、丈策に自分の後を継がせ、その後に秀和を跡目として据えたものといえます。

丈策は、当時の碁界で人格者として知られていましたが、段位は六段程度、本因坊家当主としてお情けで七段に上げられたというのが本当のところのようで、棋風というほどに際立った力はみられていないのではないでしょうか。
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丈和と比較しているのが、丈策、という質問だったですが、道策か秀策の書き違い?というわけではないのですよね?

丈策については、上にも書きましたが、丈和が一番弟子を跡目に据えたというわけではないのです。
元々11世元丈の跡目は、奥貫智策という天才がいて、晩成型だった丈和はまだ其の他大勢の弟子の一人でしかなかったのでした。
智策が早逝し、元丈が智策にかわる跡目に選ぶまで非常に時間がかかり、その間に丈和が成長して12世を継ぐことになったため、丈和は元丈に大きな恩を感じていました。

なので、元丈の実子である丈策を跡目として、対外的な本因坊家の代表としては、秀和を当たらせました。
丈和が名人碁所を退いたあと、幻庵因碩がその地位を狙ったのを、争碁によって防いだのも秀和であり、井上家当主に対抗するのに、本因坊家は当主ではなく跡目があたる、というのは、本来なら異例のことです。
そのくらい、丈策の棋力については、残念ながら他に一歩及ばないところであったようです。

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