ここから本文です

人間の信念は、情報によるものと、体験によるものの、どちらが強いのでしょうか。 ...

get********さん

2010/4/1007:32:11

人間の信念は、情報によるものと、体験によるものの、どちらが強いのでしょうか。
こんな例を考えてみました。
20歳、東京都出身。

部落の実物なんて見たことも聞いたこともないけれども、ネットを通じて部落というとんでもない連中がいることを知っており、これを激しく嫌悪している。
60歳、大阪市出身。
自分は部落出身ではないけれども、同級生の半分くらいは部落出身であり、体験的に部落出身者の良さを知っている。
結婚相手にも、あえて部落出身者を選んだ。
この2人が出会い、20歳が60歳を批判。
20歳:「部落出身でもないくせに、そこまで部落に接近するのは、あなたも差別対象だ。」
60歳:「それは違う。被差別部落には、こんないいところがある。」
20歳:「理解できない・・・。」
この2人のやり取りは、どちらが勝ちだと思いますか。

閲覧数:
333
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

hen********さん

2010/4/1102:01:07

おそらく、体験によるもののほうが強いですよ。

たとえば、ある土地の事情をみずからの実体験として知ってる人(たとえば30年住んでる人)が、ネットやマスコミで紹介されたその土地情報に接して、情報知と体験知とのズレに気づいたとします。

このとき、その人物が修正をするのは情報知なのか、それとも体験知なのか?ということです。

「今まで俺が体験してきたこの土地に関わる知識は間違っていた。マスコミ情報のほうが正しい」と、これまでの経験知を否定して、マスコミ情報のほうが正しいとする人は、まずいないと思います。「こりゃ新聞社に抗議しとかんといかんな」とか、修正欲求はマスコミ情報のほうにかかると思います。

それとは反対バージョンで、伝聞情報から入ってその土地の知識で凝り固まった人間が、実際その土地に入って生活した場合でも、やはり修正するのはこれまで信じてきた伝聞情報のほうです。新たに得た経験知のほうは、新しい情報ページとして脳に刻みこまれます。

この例としては、「日本はトンデモない軍事国家である!」と教育をされてきた中国人が、いざ実際に日本に住んでみたら、聞くと見るとでは大違いで、日本は軍事国家ではまったくなかったと思いなおすことです。

体験による信念と、伝聞情報による信念とで、どっちが強いかを量るために、ふさわしい思考実験としては、おなじ人物Aさんについて、①先に情報を知って、後で体験した場合。②先に体験して、後で情報に触れた場合、、この二つの比較だと思います。どちらの信念が折れるかを見るわけです。

別人で比較してしまうと、どちらも自分が正しいと信じてるわけですから、平行線になりそうです。

質問した人からのコメント

2010/4/17 10:53:45

思考実験の方法は、早速使わせていただきます。
②の場合が、気になりますね。
ある人と知り合って、いい人だと思ったのだけれども、後になって他の人から悪い噂を聞かされて、「ああ、そんな悪い人だったんだ、じゃあ疎遠になろう」というようなケース。
このことは、また別の質問でお伺いします。

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

アバター

ID非公開さん

編集あり2010/4/1123:01:00

例がイマイチです。
自分の経験していることを、最大限評価している情報ソースに否定されて葛藤するものでなくてはいけません。
20歳 自分の婚約した女の子がレズビアンだとしる。しかし、いままでの付き合いから女性・人間として評価したばあい、これ以上の人はいないと考える。
そこに師匠と仰ぎ、すべての人生の節目で的確な指導をしてくれた60歳がでてきて、条理を尽くして、それがいかに誤った判断であるかを懇々と説明する。

このままでは、なにより自分の経験が一番だし、自分の経験がなければ自分の信じたいように適当に選ぶ、という、よくある人間のパターンが最初から解答として決まっています。

難しい設問ですねぇ。

ネコ見たことないけど、写真で見たことあるだけで毛嫌いしている青年と、
自分はネコじゃないけど、ネコ好きな老人が言い合いしたとして、
どっちが勝つでしょうねぇ?

私はネコ好きなので、オッサンの勝ちにしといてください。

man********さん

2010/4/1014:20:33

ぶっちゃけ、お前がそう思うんなら、お前の中ではそうなんだろう、という。。。

しかし、そもそも信念というのは人生の物語性の上に成り立つもの。
自分の人生と関係ないところにあるものに対し、信念というのは作られない。
体験したといっても、人が体験によって知ることが出来る情報は少ない。
僅かな体験を重視してそこから短絡判断をすることはけしからんし道を誤る。

勝ちか負けかどうしても決着つけたければ、幸せな人生、何不自由のない人生、
それを獲得できたかどうかで決まる。
危ない人間を情報で知って近づかないことを、君子あやうきに近寄らずの智慧といいます。
多分、20歳が勝ちます。危険を知って、避けるのが智慧です。

gli********さん

2010/4/1013:07:29

視点論点の相違により正解のないことに本気で挑むアホの図にしか見えません。

i28********さん

編集あり2010/4/1007:53:34

勝ちというか…例えば同じ馬が二頭いて、片方を指して『これは鹿だ!鹿だ!馬と一緒にするな!(←馬なのに)』と喚くのが、部落差別かと思われます。

言われた馬にしてみたら、ポカーン(゚д゚)ですよね…

脱線しましたが、情報は体験で簡単に覆されますが、自分が体験した事は違う情報を聞いても覆りません。
当然体験の方が圧倒的に強いです。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる