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ナチス・ドイツの対外政策についてです。

rel********さん

2010/4/2720:53:16

ナチス・ドイツの対外政策についてです。

第一次世界大戦前の、ヴィルヘルム皇帝時代にドイツは「モロッコ事件」や「艦隊法の制定」などによってかなり挑発的な行動をとりました。これらが「三国協商」の締結に影響を与えています。

その反省から戦争前に反ドイツ同盟の締結を防ごうとしたヒトラーに対して、以下のような意見があります。

ノーマン・リッチ
「自分の本当の意図しているところを完全にごまかすことによって、ヒトラーは外交手腕と政治宣伝の技を存分に発揮することに専念した。公共の場でのスピーチや外交での談話で表現されるゆるぎない平和への望みによって、彼は次々と不可侵条約を周辺国と締結し、善良な意図を推進していることを周囲に確信させた」のだ。

「独ソ不可侵条約」、「ドイツ・ポーランド不可侵条約」 は検索するとみつけることができますが、そのほかにナチス・ドイツが締結した「不可侵条約」、あるいは「不可侵条約」という文言はなくても、それに該当するような条約などをご存知の方、教えてください。

よろしくお願いします。

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dai********さん

編集あり2010/4/2802:42:12

ナチス・ドイツの条約です。

(国会議員選挙でナチス党は第一党となる 1932年7月)
(ヒトラー首相に就任 1933年1月30日)

ドイツとバチカンの政教条約 1933年7月
ドイツ・ポーランド不可侵条約 1934年1月26日
中国稀少資源及びドイツ農業・工業製品交換条約 1934年8月
(ナチス・ドイツ、ヴェルサイユ条約の軍備制限条項を破棄 1935年3月16日)
英独海軍協定 1935年5月18日
(ナチス・ドイツ、ロカルノ条約を破棄 1936年3月7日)

(ドイツ・イタリアの)ヨーロッパ再編に関する秘密議定書 1936年10月
(ムッソリーニの「ベルリン・ローマ枢軸」演説 1936年11月)
日独防共協定 1936年11月25日
日独伊防共協定 1937年11月(1941年11月延長)
ドイツ帝国とオーストリア共和国の再統合に関す法律 1938年3月13日
(ドイツ併合を規定したオーストリアの法律:アンシェルス)

ミュンヘン協定 1938年9月30日
フランス・ドイツ親善共同声明 1938年12月6日
フランコ(スペイン)の日独伊防共協定加入(大戦では中立) 1939年3月27日
ドイツ・イタリア鋼鉄協約 1939年5月22日
独ソ不可侵条約 1939年8月23日

(ドイツ、ポーランドに宣戦布告。第二次世界大戦始まる。 1939年9月1日)
ドイツ・ソビエト境界友好条約 1939年9月28日
独仏休戦協定 1940年6月22日
日独伊三国軍事同盟 1940年9月27日
日独伊単独不講和協定 1941年12月11日

質問した人からのコメント

2010/4/28 04:02:14

国際社会は過酷ですね。今もそんなに変わってない気がします。
詳細にありがとうございました。

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