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江戸時代は未婚率が60%以上だったって本当ですか?

kat********さん

2010/8/2821:37:20

江戸時代は未婚率が60%以上だったって本当ですか?

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sya********さん

2010/8/2911:58:44

60%という確率が正しいものかは分かりませんが、結婚が一握りの人間の特権だったことは確かです。

●農村では、子どもに等しく財産を「分割相続」させると一つ一つの土地がちっちゃくなってしまいます。
なので主に長男一人に相続させる「単子相続」になりました。
それ以外の財産を持たない次男以下は、長男の「下人」として結婚も出来ずに一生を終えました。
なので、それを嫌って都会(江戸など)に飛び出す弟たちもいました。

●ただし、江戸に出てきたからといって結婚できるとは限りません。
江戸では50%以上の庶民が「農」・「工」・「商」のどれにも属せない「雑業」といった職業形態だったようです。
具体的には、「日雇取り」(日雇い)、「棒手振り」(移動販売)、「屋台」、「くず拾い」といった現在のフリーターのような人々ですが、彼らは自分の日々の生活が精いっぱいでとても結婚をする経済的余裕は無かったでしょう。
江戸では男女の比率が不均衡で女性が極端に少ない都市でした。このことも結婚を困難にさせていました。
農村から都会に出てきた次男・三男も「雑業」にしか就けなかったでしょうから結婚はできなかったでしょう。

昔は現在より「出生率」が高く兄弟が多かったのにも関わらず、人口増加率は横ばいだったのは、このように結婚が難しかったからのようです。

質問した人からのコメント

2010/9/4 07:17:32

ありがとうございます。

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未婚率の正確な数字はわかりませんが、一生結婚しなかった人がかなりいたのは確かです。

江戸の町民に関しては、漫画家で江戸風俗研究家だった故杉浦日向子さんが、江戸は男性の数の割に結婚の対象となる女性の数が非常に少なくて、男性はなかなか結婚出来なかった。と言っていました。その為、色々と涙ぐましい努力をして女性にもてようとしていたそうです。彼女は、その理由として、江戸の郭に何千人かの女性がいて、大奥にも二千人の女性が取り込まれたからだと言っていましたが、他にも理由はあるのではないかと思います。

農民は、その頃、殆ど全員が小作農だったから、土地は持っていませんでした。だから、財産が一子相続になっていても、もともと財産が無いのだから、それほど影響は無かったと思います。漁民も網元などの極一握りの富裕層以外は無産階級でした。しかし、子供が出来なかったら、今と違って保健も社会保障制度も無い時代、自分達がちょっとでも年取ったら子供に頼らざるを得ないから、結婚するか、事実婚状態で子供を作っていた人達が多数いる筈です。

また、将軍、大名等の他、裕福な町人も何人も側室やお妾さんがいたので、事実上は一夫多妻でした。男性で一生結婚しないで過ごす人が多かったのは、こういう経済力が有る男の人が何人もの妻と結婚している状態だったというのもあります。

また、雑人非人の類いは、事実婚だった人が殆どだったのではないかと思いますが、そういう人は、統計上反映されていないと思います。

don********さん

編集あり2010/8/3000:01:01

他の方がおっしゃるように、親の遺産は原則「単子相続」です。その中には家系を守るという道徳概念も織り込まれています。
では、次男三男以降役目は何かというと、長男の補欠です。
万が一長男が亡くなったときのためにいつでも身代わりで家を継げるよう(家系を絶やさないよう)「独身であることが強要」されました。

そのためよそに婿入りすることもできず家を継いだ兄に家の一角を借りて残りの生涯を一人身で暮らさなければいけないのですが、それが「部屋住み」という言葉の由来です。
もちろん仕事をするということは独立を指すので許されません。
しかし家を継いだ長男から見れば自分の後釜を狙うライバルでありながら、それでも自分の稼ぎから補欠の生活の面倒も見なければいけない。なのでつい「石潰し」と陰口を叩きたくことになります。

そういうところから吉原などの風俗店は結婚も許されず仕事も与えられずただ補欠としてしか生きられない彼らにとっては必須のシステムとなりました。風紀風紀といいながら廃止できないのはそういう暗く重く切実な背景があったからでした。

三男四男以降については比較的移動の自由はありましたがそれでも補欠の補欠としての大事なこまなのでそうやすやすと他家に行かれても困るのでけっこう大変でしたが、厄介者になるのもきついので多くは消費都市である江戸や大阪で日雇いをしていたようです。

crc********さん

2010/8/2822:06:30

本当です。
今と違って一家の長男が家の財産の殆どすべてを相続する他、将来なれる職業も限られていたため、経済的に自立している男性の数が非常に少なかったのです。

努力してようやく家族を養えるほどの余裕ができて
お嫁さんを迎えようと思った時には、すでに老人になっていたという事も多かったようです。

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