福祉や助け合い、格差問題をことさら言う人が多いのでしょうか?戦後の焼け野原で飯が食えなくて餓死する人がいても料亭で毎日美食する人がいたはず。

福祉や助け合い、格差問題をことさら言う人が多いのでしょうか?戦後の焼け野原で飯が食えなくて餓死する人がいても料亭で毎日美食する人がいたはず。 結局強い者が勝つだけ。自身が頑張りはい上がればいいだけじゃないですか?どう思われますか?

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自由と平等は表裏一体だと思う。 平等とは格差がないことではナイと思う。 平等とは機会均等だと思う。 貧乏人でも貴族やお金持ちでも、成績がよければ、がんばれば東大でも立命でも入学できる。 いいかえれば、平等とは、同じスタートラインに立てることが、平等なのだ。 つまり がんばれば、いい成績、お金持ちになれる。 つまり、格差や順位が着くのだ。 がんばっても、なまけても、同じ成績とか、同じ給料しかもらえない世界。 つまり、日共の目指す世界は、コネや共産党の子分なら、出世できるとか、給料が多くなる。 つまり、格差をなくす思想は、自由や平等に反する封建的な思想だ。 ダエモン小学校社会科教材より

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↓↓↓tomofumihi のような共産主義者は、 格差を無くすということを大義名分にして、 金持ちから重税を課し、日本から金持ちを追い出すことを主眼においている。 tomofumihi の目的は日本経済を衰退させ、日本解体をすすめることである。

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そもそも、貴殿がいう強い者になるためには、「福祉や助け合い、格差問題是正」が必要だったんですよ。 例えば、古代ローマ、ギリシャでも、軍事力を得るために、貴族が平民に食料やお金を与える代わりに、戦争に 従事させました。実際、貧しいひょろひょろした平民ばかりでは、軍事力になりませんし、軍事力がない=他国に攻められ まける=奴隷になるという可能性がありました。貴族だけで以前は戦っていたのですが、それだけだと、どうしても限界があるわけです。 福祉や助け合い、格差問題をほおって置けば、国そのものが衰退します。(治安の低下、低学力化など)そして、国そのものの力が 低下すれば、そこにいる金持ちも困るわけです。 なので、ある程度は、必要でしょう。ただ、どの程度やるかは、裁量次第ですが。 追記 そもそも、格差是正=共産主義ではないはずですが。というか、学校に多くの税金が使われていますが、それにしたって、ある種、格差是正の政策ですし。(本来、教育を受けるのは、金持ちしか不可能。それが、税金投入で貧乏人や中流階級でも教育を受けることが可能に。だいたい、努力で東大って言う前に、大学いくまでにかなり国の税金が使われてますよ。しかも、大学での奨学金制度も 一種の貧乏な学生を助ける制度なわけです。そして、自由主義経済の国でも、教育をしっかりすることで、富国強兵を図りました。) それに、格差是正は金持ちから税金を取らないといけないというわけでも、ないですよ。例えば、ボランティアを募ることだって可能なわけです。それに、例えば、お年寄りがボランティアすることで、お年寄りの生きがいになり、地域のコミュニティーの活性化を図るなど、 いい効果があるわけです。 また、自身が頑張り這い上がればいいといいますが、「福祉や助け合い」も一種のがんばりではないでしょうか?例えば、ボランティア グループを自ら作り上げれば、自分が年寄りになったときに、助けてもらえる可能性があります。「仕事」とは違いますが、他の方と協力するのも、這い上がるための選択肢の一つだと思うのですが。 確かに、個人的な頑張りも重要です。でも、他の方と協力をすること事態は悪くないでしょう。実際、例えば、戦国大名でも、自分自身の国を富ませる一方で、他の大名とうまく連携を取り、勝利しました。 ただ、いきすぎはまずいと思いますが。 追記の追記 というか、ダエモン辞典マジ受ける。ダエモン大嘘つき。そもそも、大学に日本人が多くいけるようになったのは、それまで極端な上流階級と下流階級(小作人など)ばかりで、中流階級がいなかったから。だから、GHQが小作人に土地を与えたり格差是正して、ある程度の経済的に余裕のある中流階級を作り出した。 そもそも、GHQの政策とかでもそうだけど、自由主義国は、「格差是正を100%しない」わけではないよ。というか、国民の教育など をよくすることで結果として、国そのものを豊かにしようという政策は国民国家が誕生してからむしろ、行われていたことだ。 それに、もともと貴族しか「教育」が受けられなかったのを、国民も受けられるようにした、つまり、ダエモンの出したのは、完全に、格差是正の結果でしょ。 「貧乏人でも貴族やお金持ちでも、成績がよければ、がんばれば東大でも立命でも入学できる。 いいかえれば、平等とは、同じスタートラインに立てることが、平等なのだ。 つまり 「がんばれば、いい成績、お金持ちになれる。」これって、完全に格差是正した結果でしょ。格差是正して、教育を多くの人が受けれる ようになれたから、そのおかげで、成績がよければ、がんばれば東大でも立命でも入学できるんでしょ。 というか、「平等とは、同じスタートラインに立てることが、平等なのだ」・・その同じスタートラインに立てたのは、格差是正の結果です。 だいたい、人を「共産主義だ」といいながら、しきりに平等、平等いっているとは、貴殿が本当は共産主義者ではないのですか?