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日本語の使い方にガタガタ言う人が理解できません。 「一緒にいれる」→「一緒にい...

ore********さん

2010/9/1418:26:01

日本語の使い方にガタガタ言う人が理解できません。
「一緒にいれる」→「一緒にいられる」のような「ら」抜き言葉や
「全然+肯定」はおかしい、とか。(そもそも「全然+肯定」は間違った使い方ではないんだが)

※長いんでめんどい方は消えましょう

「全然+ 肯定という使い方が本来間違ったものではないにしても、
現代はこの使い方に違和感を感じる人間が多いのだから、使うべきではない」
という人も多いですが、
この主張をする人は「全然+肯定」の使い方に恩恵を受ける人もいるということを無視していますよね。
個人的に、この使い方はとても便利です。
例えば、「今日遊びにいけない?ムリならいいんだけど」といわれたとき
「いいよ。」と「全然いいよ」ではニュアンスが全く違いますよね。
「全然肯定に違和感を感じる人が多いのだから、使うべきではない」と言いますが。
「全然肯定はとても便利な使い方だ」と感じる人もいる。

また、「ら」抜き言葉に関しても
会話というコミュニーションスキルにおいて
「いられる」と「いれる」では、圧倒的に「いれる」の方が言いやすいです。
「いれる」でも「いられる」と全く同じ意思を何の弊害もなく相手に伝達することができます。
言いやすい、というメリットがあり、
そしてデメリットは一切ありません。

「全然肯定」も「ら抜き」も、
微妙なニュアンスの変化、発音の効率化など
いわば、言語の進化です。
それまで長ったらしく説明しなければなかったものを、
短く、簡単に、さらにこれまで以上に微妙なニュアンスまで表現できる。
これだけのメリットがあり、さらにデメリットは一切ありません。
意思の伝達の効率化、進化です。
それを「本来の意味と使い方が違うから」などと、
わけのわからん理由で阻害する
コイツらバカなんでしょうか?
何が楽しくてこんな非建設的な考え方をしてるんでしょうか。
「オレ、本来の使い方知ってる、頭いいんだぜ」とでも言いたいんでしょうか。

言語ってのは常に変化するものです。
使ってるうちに不便と感じたものが
「コッチの方がいいな」と自然と別の言葉で代用されます。
それが便利だからです。
逆に使いづらく、不便な使い方に変化していくことはありません。
使うものにとって、なんらかのメリットがあるから、それを使うわけです。
それがたとえ自分にとっては使いづらいものであるなら、自分が使わなければいいだけで
それを他人に強制する権利はありません。
誰かの言葉の使い方を否定する、ということは
その意味を理解してるから否定できるんですよね。
意思の疎通に成功しています。
それで充分です。
話し手が、その使い方から得る利益を
聞き手の自己満足で奪う。
意味不明だと思いませんか?

補足mada~さん

「いられる」より「いれる」の方が発音しやすいのは確かですよね?
あなたにとってのメリットはそれでも、私にとっては単純に「言いやすいから」です
日常会話では、あなたの言う使い分けの必要が無いです
文脈で簡単に判断できますので

あと、「全然肯定」は間違ってませんよ
調べてみて下さい
「全然肯定は誤り」という大衆の認識が誤りです
江戸時代に中国から伝わった時の本来の使い方として
「全然肯定」が存在しています

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ベストアンサーに選ばれた回答

nao********さん

2010/9/1418:50:26

随分熱くなっていますね。「日本語の使い方にガタガタ言う人」に注意でもされたのですか?もしそうだとすれば、それはあなたが相手の「言葉の感覚」を読み誤った事にも原因があるかもしれません。

仰るとおり、言葉は常に変化していくものですし、現在「間違った表現」とされているものが、「正しい表現」とされる可能性は十分にあります。また、あなたがどんな言葉遣いをしようが、相手を不快にさせない限り、それはあなたの自由であり、基本的には、他人から文句を言われる筋合いはありません。

ただ、相手にも同じ自由がありますから、相手とのコミュニケーションを円滑にするには、相手を見て、その人に最も相応しい言葉遣いを選んで会話をする必要があるでしょう。これは、大人にとって必要不可欠なテクニックです。

あなたがもし誰かに言葉遣いを注意されて腹を立てていらっしゃるのであれば、その人が保守的過ぎるからというだけでなく、あなたがその「誰か」に相応しい言葉遣いを選ばなかった事にも原因があるのではないでしょうか。

「全然+肯定」や「ら抜き言葉」が将来的にどのような扱いを受けるかは、現代に生きる私達には分かりませんが、仮に「正しい」と認められる運命にあるとするなら、現在は過渡期にあたるのだと思います。ですから、「全然+肯定」や「ら抜き言葉」を否定する方がいても、それはしかたない事でしょう。否定する人が次第に駆逐されていく事で、最終的に「正しい表現」となるのです。

そういった過渡期にある現在では、「全然+肯定」や「ら抜き言葉」を否定する方を相手に会話をする場合、「全然+肯定」や「ら抜き言葉」を避けて会話をするのが、大人として必要な処世術です。「全然+肯定」や「ら抜き言葉」を使うのが自由であるように、「全然+肯定」や「ら抜き言葉」を嫌うのも、自由なのですから。

現在は、まだ、どんな相手、どんな場所、どんな場合でも「全然+肯定」や「ら抜き言葉」を使える状況ではありません。将来的にそうなる可能性は否定できませんが、少なくとも現在は、そうではないでしょう。ですから、TPOを考えて、「全然+肯定」や「ら抜き言葉」をお使いになればいいのではありませんか?

大人であれば、TPOによって言葉遣いを変えるのは当たり前ですし、「日本語の使い方にガタガタ言う人」には、現時点で「正しい」とされている日本語をお使いになればいいだけだと思います。そうすれば、誰もあなたに「ガタガタ言う」ことはないでしょう。

質問した人からのコメント

2010/9/14 19:10:36

知恵袋ごときで熱くなってしまいました
ここはバカしかいませんから、
もうヤメ
いみないわ

あ、キミのことバカって言ってるわけじゃないよ
キミはまあまあだね

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mad********さん

2010/9/1418:54:21

私も、文句言う人は理解できません。
だから、「なぜ文句を言う人がいるのか?」というご質問には回答できません。

おっしゃるメリットや、後半のアツい主張にも、おおむね同意です。

>「いられる」より「いれる」の方が発音しやすいのは確かですよね?

では、「ら抜き」に可能以外の受け身、自発、尊敬の用法がないのはなぜですか?
もし発音の効率化のみを追求した結果なら、可能以外の用法でも「ら抜き」が使われるんじゃないでしょうか?


>あと、「全然肯定」は間違ってませんよ

そうなんですか。知りませんでした。

ken********さん

2010/9/1418:36:51

ちょっと長かったので後半すっ飛ばしましたが、質問者の言ってる事には大方同意します。
お互いに意思の疎通ができる以上、多少砕けた日本語でも問題ない、ということですね。

ただ、あえて反論を述べてみるならば。
日本語を外国人が学ぶとき、文法のような”一定のルール”は必要です。
「いる」の活用形を学ぶ際に、「いられる」が正解だが、「いれる」も例外的に可、とか言い始めると、意味がわからなくなります。
ただでさえ日本語を勉強したいと思う外国人は少ないのに、そのハードルを自ら上げてしまう事になります。

もちろん、英語も方言や崩した言い方はありますが、教科書英語はちゃんと存在するし、
TOEICやTOEFLではそういう教科書英語の理解度が試され、就職などでも重視されます。
さらには、そういう試験英語をマスターすれば、ビジネス英語程度なら不自由しません。

要は、崩した日本語を話す人に対して教科書日本語を押し付けると「こいつ、うぜー」となるわけですが、
崩した日本語だけで誰もが不自由しないかというと、外国人にとってはそういうわけにもいかないんですよ。

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