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北方領土返還について

bic********さん

2010/11/2717:53:38

北方領土返還について

ロシア側は2015年にクリル開発計画と称して北方四島に入り込もうとしてますが、止めさせる方法はないですか?

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poc********さん

編集あり2010/12/412:36:18

c_a_gさんへの反論

国連憲章第107条は領土問題とは何ら関係ない。この条文は単に戦勝国の日本に対してとった行動や許可した行動について規定したものに過ぎない。そして、ソ連の日本に対してとった行動とは国際法上また人道上の違反行為のみであり、その行為は土地の占拠も含めて無効である。

ヤルタ協定は、当時、国際法上有効であった大西洋憲章の「領土不拡大の原則」を、その憲章に参加する米英ソ自身で背いたものであり、国際法上無効である。三国そろって国際法違反である。ポーツマス条約などの例からしても領土の授受は当事国同士の調印があって初めて国際法上有効となる。よって、ヤルタ協定の千島引渡しは領有国である日本の調印がないので無効である。以上により、戦後、米もヤルタ協定の法的効果を否定している。

1945年8月15日のポツダム宣言受諾後の降伏した日本に攻撃を加えた国はどこか。ポツダム宣言9条及び10条に違反して何十万の日本人をシベリアで奴隷として重労働をさせ、10万以上の死者を出した、不届き千万な国はどこか。ソ連(ロシア)ただ一国のみである。
ポツダム宣言8条の中の「諸小島」には千島列島は含まれるはずであった。その証拠に沖縄は米から返還された。米は占領後も地元住民をそのまま沖縄に居住させたから返還が実現した。しかし、ソ連(ロシア)は千島に住む日本人を不当にもほぼすべて島から追い出して、何ら国際法上の裏付けもないまま1946年2月2日に勝手にソ連へ編入してしまった。

SCAPIN677号について1946年2月13日、GHQは領土に関する決定ではないことを表明している。また、1952年11月14日、米国務省は駐韓米国大使に対し、677号は竹島を含む島嶼地域における日本の主権を排除したものでない旨を伝えている。千島はソ連が強引に占領していたので米の占領下には入らなかっただけのことである。よって、677号は竹島のことも含め、日本の領土問題とは何ら関係ない。そもそも677号は国際法ではない。

サンフランシスコ条約において日本は千島・南樺太の領有権を放棄しているが、ソ連に割譲するなどとは一言も記載されていない。日本が放棄した領土がソ連のものになるなどという不文律は世界中どこを探しても存在しない。そもそも、ソ連が当時、不当に千島・南樺太を実効支配していたから仕方無くその放棄が記載されたに過ぎない。しかも、ソ連(ロシア)はこの条約に調印しておらず、この条約のことをあれこれ言う資格はない。

西村局長などの発言は、放棄についての発言のみであり、ソ連への割譲のことは誰も言及していない。繰り返すが、日本の放棄、即、ソ連の領土などという不文律はこの世に存在しない。

以上により、択捉・国後を含む千島列島や南樺太の領有国は国際法上未定である。千島・南樺太の正式な領有国は国連(国際司法裁判所)により国際法に基づいて決定されるべきである。ロシアは、日本政府がロシアによる千島・南樺太などの領有を認めないことを不当に思うのなら、上の裁判所へ訴えたらどうか。日本はいつでも受けて立つ。
それに対し、1972年に日本はソ連に北方領土問題(北方四島のみ)の国際司法裁判所への付託を提案したが、ソ連の拒絶により、裁判は行われなかった。

http://www.mofa-irc.go.jp/link/kikan_info/icj.htm

当時のソ連は、裁判によって自らが負けることを認識していた。

サンフランシスコ条約に署名した以下の国(アルゼンチン,オーストラリア,ベルギー,ボリビア,ブラジル,カンボジア,カナダ,セイロン(→スリランカ),チリ,コロンビア,コスタリカ,キューバ,ドミニカ,エクアドル,エジプト,エルサルバドル,エチオピア,フランス,ギリシャ,グアテマラ,ハイチ,ホンジュラス,インドネシア,イラン,イラク,ラオス,レバノン,リベリア,ルクセンブルク,メキシコ,オランダ,ニュージーランド,ニカラグア,ノルウェー,パキスタン,パナマ,パラグアイ,ペルー,フィリピン,サウジアラビア,シリア,トルコ,南アフリカ,イギリス,アメリカ,ウルグアイ,ベネズエラ,ベトナム)の中に一国でも日本がポツダム宣言を受諾して降伏した後、日本に戦闘行為を継続した国があるか?日本の領土を奪って支配地域を拡大した国があるか?一国もありません。
にもかかわらず、ソ連(ロシア)のみは戦闘行為を継続し、日本の領土(北海道より北)を奪い、ポツダム宣言9条に違反して南樺太・千島列島・色丹・歯舞から数十万の島民を追い出したのです。第二次大戦の戦勝国で支配地域を拡大した不当な国はソ連(ロシア)ただ一国のみ。不法占拠により、サンフランシスコ条約において日本による南樺太・千島の放棄という条文を記載せざるを得ない理不尽な状況を強引に作り出したのもまたソ連(ロシア)。1951年における日本による南樺太・千島の放棄の5年も前にあたる1946年に何の国際法上の根拠もなく勝手にこれらを自国に編入したソ連(ロシア)の行為は以ての外。ソ連(ロシア)は、ただ、領土と日本兵捕虜の労働力欲しさの私利私欲のためだけに、終戦直前の第二次大戦に参戦したと断言できる。

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2010/12/4 16:14:46

納得です。ありがとうございました。

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clu********さん

2010/12/222:32:43

南クリル、小クリル諸島はロシア領なので止めさせることなどできません。

なぜロシア領なのか説明します。
ヤルタ会談でルーズベルト大統領はソ連に対して対日参戦を求め、ソ連は対日参戦すること、樺太・千島はソ連領となることが合意されました。この後、ソ連は連合国憲章を批准し、107条を受け入れています。
日本政府はポツダム宣言を受諾し、連合国に無条件降伏、9月2日降伏文書に調印しています。
ポツダム宣言八条にしたがって、日本の領土は、四つの主要な島(北海道、本州、九州及び四国)及び連合国が定めた諸小島に限定されました。降伏文書調印と同日に出された一般命令第一号により、千島諸島に在る日本軍は「ソヴィエト」極東軍最高司令官に降伏することが求められています。すなわち、ポツダム宣言第七条、一般命令一項(ロ)により、千島はソ連の占領下になりました。
実際にソ連が北方4島を占領するのは、8月28日から9月5日です。
1946年1月29日、GHQは日本の行政区域を定める指令(SCAPIN-677)を出します。
この指令で、クリル(千島)列島、歯舞、色丹は日本の行政範囲から正式に省かれます。
このとき竹島も日本の行政範囲から省かれています。
このとき以降、日本の施政権は北方領土や竹島に及ばない事になりました。

1951年、サンフランシスコ条約を批准します。
条約第2条C項
『日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。』
と日本国は世界に向けて千島の放棄を約束しました。

日本が放棄した千島とはどこか、条約には明確な記述はありませんが、同年10月の衆議院で「西村熊雄外務省条約局長」は、放棄した千島列島に南千島(国後・択捉島)も含まれるとの答弁を行っており、国内外に向けて、国後・択捉島の放棄が明確に宣言されました。

サンフランシスコ条約で日本が放棄した樺太の一部は、「ポーツマス条約の結果として主権を獲得した」との条件がついています。
他方、千島は無条件で放棄する事が定められています。
アメリカ代表は演説の中で、「千島列島という地理的名称がハボマイ諸島を含むかどうかについて若干の質問がありました。ハボマイを含まないというのが合衆国の見解であります」との発言をしています。だから日ソ共同宣言にあるように「平和条約締結後に温情により」引き渡されるのです。

西村熊雄外務省条約局長は、放棄した千島列島に南千島も含まれるとの答弁に続いて次の発言をしています。
「しかし南千島と北千島は、歴史的に見てまつたくその立場が違うことは、すでに全権がサンフランシスコ会議の演説において明らかにされた通りでございます。あの見解を日本政府としてもまた今後とも堅持して行く方針であるということは、たびたびこの国会において総理から御答弁があつた通りであります。」
それ以前に、昭和25年03月08日 衆議院外務委員会で、島津政府委員が、ヤルタ協定の千島には、南千島、北千島の両方を含んでいると答弁しています。
島津答弁に引き続き、西村熊雄氏は、その理由を説明しています。
すなわちSCAPIN-677第三項の中に「千島列島・歯舞諸島及び色丹島」とあるので、千島列島には南千島、北千島の両方を含んでいるとの説明です。
南千島が千島列島に含まれないとの解釈は、当時サンフランシスコ条約締結国には、受け入れららないものだったのです。

条約局長答弁は、南千島返還要求に対して、完全に拒否回答だったわけで、条約局長答弁に続いて、吉田国務大臣は『この問題は、日本政府と総司令部の間にしばしば文書往復を重ねて来ておるので、従つて米国政府としても日本政府の主張は明らかであると考えます』と述べています。
歴史的経緯を含め、日本の見解を詳細に米国に伝えたけれども、南千島の放棄は米国の既定方針だったため、日本の主張を受け入れる余地は無かったのです。
西村熊雄外務省条約局長の答弁は南千島を放棄したことを説明するものでしたが、若干の誤解を生じさせるものでした。
このため、11月6日参議院において、草葉隆圓政府委員が以下の説明をし、南千島が放棄した千島に含まれるとの明確な説明をしています。
『南千島は従来から安政條約以降において問題とならなかったところである。
即ち国後及び択捉の問題は国民的感情から申しますと、千島と違うという考え方を持つて行くことがむしろ国民的感情かも知れません。併し全体的な立場からすると、これはやつぱり千島としての解釈の下にこの解釈を下すのが妥当であります。』

その後、日ソ国交回復までの5年間、南千島返還要求が政治の日程に登ることはありませんでした。

南千島返還要求が政治日程に再び登場するのは、池田内閣時からで政治方針に大きな変化が現れた以降の事です。

これで日本が国際条約を平気で破る国だと理解できたと思います。

南クリル、小クリル諸島はロシア領なので止めさせることなどできません。

なぜロシア領なのか説明します。...

xxx********さん

2010/11/2719:58:13

メドベージェフを失脚させるしかないですね。
だけど、日本にそんな政治力はないですが…
大半のロシア人は北方領土の事を知らないし、そんな問題があるのも知りません。関心がないんです。
今まで何度も北方領土が還ってくるチャンスがあったのに、その度に日本はフイにしてますからね…
戦後の一時期に日本は国後・色丹を放棄していた時期がありました。
それをロシアも知っているだろうし、北方領土問題は難しい問題です。
現段階で返還される確率はほぼゼロですか、もし返還される事があってもロシア人住民を追い出す様な真似をするべきではありません。
そんな事をしたらパレスチナ人を追い出したイスラエルとやっている事が同じですから。

2010/11/2717:58:24

クリルに対抗するにはクルクル。前首相がスタンバイしてます!

と、前置きはいいとして、分りません。ごめんなさい。

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