ここから本文です

日露戦争、旅順ロシア戦艦は日本の陸軍砲兵陣地を射撃したか?

cgn********さん

2010/12/2621:38:39

日露戦争、旅順ロシア戦艦は日本の陸軍砲兵陣地を射撃したか?

日露戦争旅順攻防戦において
日本が203高地を奪取した後は、203高地に観測隊を置いて
日本陸軍の榴弾砲が旅順湾内のロシア戦艦を砲撃したのは有名です。

一方、ロシア側は日本陸軍の榴弾砲陣地が観測できるわけですから、
上記の逆に、戦艦の艦砲によって日本陸軍の砲陣地を攻撃すれば
良いのかと思いますが、やったのでしょうか?
やらなかったとしたらなぜでしょうか?

①対地攻撃用の榴弾砲弾がないまたは不足していた。
②艦載砲の仰角が制限されていて曲射できなかった。
③打ち合いをしたが、陸砲に物量で負けた。
④思いつかなかった。
⑤対艦戦闘のために砲身と弾薬を温存した。

旅順艦隊,日本陸軍,陸軍砲兵陣地,観測隊,榴弾砲弾,榴弾砲陣地,黄海海戦

閲覧数:
770
回答数:
5
お礼:
500枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

gyo********さん

2010/12/2622:44:14

反撃はせず撃たれるまま沈んでしまいました。
当時の砲兵部隊では観測所を用いた間接照準射撃自体があまり一般的なものではなかったんです。
無線はありませんし有線の野戦電話も初期のものは敷設に手間が掛かるため、観測所と砲兵陣地の連絡が付けにくかったんですね。ましてや共同訓練をしているわけでもない地上部隊と艦艇部隊が日本側の砲撃が始まり砲煙と砲声で陣地が特定出来たあとで素早く連絡体制を整え反撃するなどというのはほぼ不可能だったのではないかと。
たとえ間接照準射撃が可能だったとしても安定が悪い上に船体のどこに当たっても沈んでしまう艦艇と、狭い掩体内にピンポイントで打ち込まれない限り沈黙しない陸上砲台では後者のほうが圧倒的に有利というのが当時の常識でしたから、陸側からの砲撃が始まった時点で勝ち目は無いと判断したのでしょう。

質問した人からのコメント

2010/12/29 20:40:42

降参 皆さんありがとうございます。
陸砲陣地と艦載砲の打ち合いでは、陸のが有利なんですね。
そもそも連合艦隊も旅順の要塞砲を打ち負かすことをあきらめたし。

ベストアンサー以外の回答

1〜4件/4件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

ths********さん

2010/12/2712:59:43

単純な事なんですが

旅順第一次総攻撃前の時点で旅順艦隊は壊滅してたからです

坂の上の雲で描かれる旅順戦には誤りが多いのですが第一次総攻撃前に占領した大弧山からの観測砲撃とそれによって発生した黄海海戦によりほぼ壊滅状態であり以後の戦いで兵員や使用可能な砲を陸上に動かしたため203高地からの観測射撃は無意味でした

そして残存艦も砲撃による撃沈ではなく自沈処理されたのが本当のところです

旅順は203高地陥落後も降伏せず一ヶ月ねばり要塞正面を落として始めて降伏しました

大本営と第三軍、どちらが正しかったか史実をみたら明らかです

そういうわけで実際は艦隊は攻略戦時点で壊滅しており陸上への砲撃は散発的にしかできず効果に疑問があったのでしなかったのでづ

hfc********さん

2010/12/2708:22:12

質問者さんの疑問は、私が初めて『坂の上の雲』を読んだときに同じように抱きました。それが普通ですよね。
私も豊島少将のように防弾鋼鈑を28cm砲に構築しないのか疑問でした。日本側から一方的に射撃して敵から反撃されないのは要するに反撃できる状態に無かったと考えませんか?
そこで思ったのが、旅順艦隊は太平洋戦争末期の日本海軍の状態と同じような事が起きていた。
戦艦長門?などは小中口径の副砲は撤去、燃料不足でボイラーが焚けないので陸から送電線で最低限動かしていた。
これは、坂の上の雲でも描かれていますね。撤去された砲は陸に揚げられ使われた、兵員も陸上で戦闘に参加した。
私見ですが、船の燃料の石炭は陸での暖房に使われ、主砲弾も火薬が抜かれて手投げ弾として使われたのではないでしょうか。
よって、燃料も弾薬も無い。さらに、大弧山から観測できるわけですから、海軍の重砲砲撃で船体は破壊されている。
旅順艦隊は戦えない、こう判断しました。この時点で、私は坂の上の雲は、水戸黄門まではいかないが三国志とおなじ娯楽小説だと感じました。
そう考えると、児玉の孔明のような天才的な活躍も分かります。

j6k********さん

2010/12/2700:25:05

単純に戦意を失っていただけでしょう。結局28センチ榴弾砲はほとんど命中せず、旅順港のロシア艦艇はほとんどがキングストン弁を開いての自沈だったということですし。恐らく黄海海戦での戦略的敗北(旅順艦隊はウラジオへ突破することを目的に出撃した)と、それに先立ってのマカロフ中将(名提督と評判で、将兵からの信頼も篤かった)が触雷して旗艦ごと沈んでしまったことによる士気低下、そして旅順要塞が陥落すれば、旅順艦隊は日本に拿捕されてしまうとの懸念から自沈したのでしょう。

まぁ旅順港砲撃は旅順艦隊にプレッシャーを与えて出撃させて、黄海海戦に発展し、そしてそこで生じた損害が旅順艦隊を行動不能に陥れたので、203高地の戦死者も無駄死にって訳では無いですが。

横瀬兼男さん

2010/12/2622:03:13

203高地を取られた時点で露艦は総員退去したから。
ていうか掩体に隠れて見えなかった。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる