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信長の娘婿 蒲生氏郷について。 悲運の名将のイメージが強いと思います。 皆...

swe********さん

2011/1/1722:03:22

信長の娘婿 蒲生氏郷について。

悲運の名将のイメージが強いと思います。

皆さんの知っている氏郷の逸話。
もし長生きしてたらこうなったんじゃないか?
‥等のご意見下さい(>_<)

補足信長は、早くから才覚というか器を見抜いていたのでしょうか?
信長が存命ならかなりのポストにいたんでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

yai********さん

編集あり2011/1/1822:59:42

・知っている氏郷の逸話。
山科勝成という西洋騎士(テンプルナイト)を部下にしていて
珍しいです。

・もし長生きしてたらこうなったんじゃないか?
「秀吉」より長生きしていればお国替えが無く
「徳川家」主体で行なわれた「上杉征伐」事態が無いでしょう。

また「家康」が無断婚姻などで不穏な動きを見せた際に
「前田利家」が動きましたが、氏郷ならば、この機に強硬姿勢を見せ
「加賀、能登、越中の前田」「越後の上杉」「陸奥国会津の蒲生」と
北国に大連合を形成し、これに「越前国北ノ庄の堀秀治」
「越前若狭の大谷」「信濃の真田」を加え家康を牽制したと思います。

そして、先を考えていれば「徳川家」は力を持ちすぎていますので
逆に無理難題を押し付け「上杉征伐」ならぬ「徳川征伐」が行なわれたのでは
ないでしょうか?

総大将は「前田利家」で副将格が「蒲生、宇喜多」で
「上杉」「真田」などが合わさればおのずと「毛利家」も付き従い
「石田家」が出張りませんので「黒田」「加藤」「福島」などなども
参戦し、親戚筋の「織田家」も加わるはで
「伊達」「最上」も「徳川家」の「大領」を狙い進軍し
「徳川家」以外の国が全て「徳川家」に襲い掛かるといった
大攻勢となり「徳川家」が、えらく削られ
「家康」は蟄居、「秀忠」が少領で許される・・・そんな絵を予想します。

隠れた名将「小早川さん」も相当がんばったと思います。
----------------------------------------------
■追記
>>信長は、早くから才覚というか器を
>>見抜いていたのでしょうか?

才覚を見抜かれたというより
情勢の余談を許さない「近江」「大和」地方の
有力者である「蒲生家」の跡取り息子として
自分の娘の冬姫を娶らせ織田一門衆にくわえ、
「才覚」より「家柄」や役目を重視していたと思います。

ただ他の「娘婿」に比べるとえらく合戦に従軍していますので
お気に入りか、実力があったと思われます。

また「安土城」に近い箇所に領地があり
「京」~「安土」を結ぶ重要拠点に「蒲生家」があります。

>>信長が存命ならかなりの
>>ポストにいたんでしょうか?

かなりのポストというよりも「織田家一門衆」です。

また率いる手勢が、どの戦でも多いので
かなりの領地か金銭を持っていたようです。

「織田軍団」では基本「柴田勝家」の下で働くことが多く
その際に「前田利家、利長」親子とも仲良くなったようです。

質問した人からのコメント

2011/1/24 08:09:58

感謝 補足も見て頂きありがとうごさいました

ベストアンサー以外の回答

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red********さん

2011/1/1723:04:20

信長が氏郷の事を眼精常ならず(眼の輝きが普通ではない)と言い
秀吉はわしのやろうとする事をやってしまう。恐るべき男よ。と言わせ
千利休は武将の中で一人いるか二人いるかの文武兼備の名将と
言った。
稲葉一鉄は、蒲生が子はただものならず。彼が勇将ならんずば、
外に勇将なる者なしとまでいわしめた。
以上の発言により、蒲生氏郷が若くして才能を発揮していたように
思います。

また、秀吉が黒田官兵衛を九州に氏郷を会津に飛ばしたのも才能
に恐れた為だと信じたいですね。

長生きしたとしても、家康に潰されるか、上杉の様に縮小されたと
思いますね。

mon********さん

2011/1/1722:42:13

会津領になったとき、政宗と敵対(?)した。

須田伯耆が蒲生に寝返り政宗は申し開きに秀吉に会うことになる。

氏郷としては「ざまあみろ」といったところじゃないでしょうか?

chi********さん

2011/1/1722:37:52

自分は前田利家が大好きです。蒲生氏郷は前田利家びいきで家康嫌いなので大好きな武将のうちの一人です。
ある日、前田利長(この人も信長の娘婿)、細川忠興などなどの武将が集まって「次の天下は誰か?」という話をしていた時に蒲生氏郷が前田利長を指差して「あれの親父(前田利家)だ」と言い「なぜなら利家は京に近い加賀に領国があり人望もあるのですぐに上洛できるだろう。毛利が上洛しようとしても宇喜多秀家(利家の娘婿)が阻止するだろう、家康はこのわしが箱根の山を一歩も越えさせはしない」と言ったというエピソードがあります。しかも「利家が取らないのであれば自分が取る」とも言っています。
自分はこのエピソードがとても大好きです。

会津九十二万石を任されて、伊達・徳川の牽制役。ホントこの人が前田利家と共にもう少し長く生きてたら・・・と思うと残念でなりません。
上杉は背を向けた家康に追撃はしませんでしたが、氏郷は会津に未練もなさそうなので家康を追撃しそうですけどね。
まぁ、抑えに結城秀康がいるわけですが。上杉は越後のままと想定して蒲生・上杉ラインで家康を挟撃しても面白いですね。

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