ここから本文です

赤穂浪士はなぜ、討ち入りに対し死者を出さずに済んだのか。

ins********さん

2011/2/413:13:36

赤穂浪士はなぜ、討ち入りに対し死者を出さずに済んだのか。

吉良上野介は上杉15万石の領主の父。清水一学と言う剣客はいたものの、剣の達人はもっといたはず。
吉良家の死者は出たが浪士側にいないと言うのは不自然です。
真っ暗な夜中に知らない家に押し入り斬り合いになっても本当に死者を出さずに済むもんでしょうか。

閲覧数:
20,830
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

jas********さん

2011/2/421:26:00

・吉良邸内部の絵図面を入手して綿密な作戦を立てていたこと。標的の吉良義央を逃さぬよう、表門組と裏門組の二手に分け、吉良邸の門を固めることとし、それぞれの組内で戦闘や守備などの担当を決め、完璧な二面攻撃で吉良義央を討ち取る手筈とした

・浪士は甲頭巾などは各自が用意し、襷や帯に防護用の鎖を仕込み、脛当にも鉄を入れて刀傷を防ぐ重装備をしていたこと

・武器の種類も潤沢であり、掛矢などの道具類も取り揃え、刀の柄は切り詰めて実戦用に短くし、木綿糸を巻いて血糊で滑るのを防ぎ、槍は外部から吉良邸の間取りを見て、最も使いやすい九尺の長さにするなど、あらゆる場面を想定していて万全の備えであったこと

・吉良邸にはおよそ140程度の人員がいたものの、100人は本屋敷を取り囲む長屋で寝ていたため、浪士たちは長屋を封鎖してしまい、応戦できた者は40人程度だったこと

・邸内に突入した時、壁にかけ並べてあった半弓の弦を切って回り、14,5本の槍を叩き折り、「火事だ、火事だ」と叫んで相手を慌てさせ、「五十人組奥へ、」「三十人組邸内へ」と叫び、いかのも大勢で討ち入ったように見せかけた作戦が功を奏し、吉良側の戦力、戦意は大きく削がれてしまったこと

このように浪士たちは用意周到であり、それに対して故実典礼を司る吉良側にはあまり剣客がおらず、おまけに寝込みを襲われてしまい、はだしの寝間着姿で味方の援護なしに一人一人で立ち向かっていったのに対し、浪士側は完全武装であり、三人一組で立ち向かってこられてはなす術もないでしょう。ゆえに実質的な戦闘時間はわずか一時間で終わり、残りの一時間は吉良邸内の探索に費やしています。

討ち入った当日(14日午前4時頃)は真っ暗ではなく、月明かりも冴えて提灯も松明も必要ありませんでした(小野寺十内の手紙による)。また邸内の灯りについても、小者を捕えて蝋燭を出させて邸内を明るくしています。

吉良側の損害は、死者16名、負傷者21名(内14名が重傷者)であり、浪士側の損害は死者0名、負傷者2名であり、近松勘六が大腿部に深い刀の刺し傷を受け、原惣右衛門は屋根に上がって同志を助け揚げたはずみに邸内に落ち、足をくじいたものです。

質問した人からのコメント

2011/2/8 13:02:32

多くの方に回答して頂き有り難う御座いました。

「赤穂浪士討ち入りの日」の検索結果

検索結果をもっと見る

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

yai********さん

2011/2/414:39:54

>真っ暗な夜中に知らない家に
>押し入り斬り合いになっても本当に死者を出さずに
>済むもんでしょうか。

■序盤、斬りあいが起きていない。
赤穂浪士は47名で相手の吉良方は100名近く居たとされますが
多くが「長屋」から出なかったそうなので
序盤、斬りあいがおきていません。
そのため最初は一方的に槍、刀で刺され死んでいます。

■赤穂浪士が屋敷内をよく知っている。
おそらく調べたのでしょうが、屋敷侵入から、武器蔵、長屋への侵入が
スムーズです。よく調べ討ち入っています。
また蝋燭に火をつけ明るくしたそうです。

■吉良側に武器が無い。
「赤穂浪士」は屋敷に侵入した際に「蔵」の弓矢を破壊しています。
また吉良側も多くが、刀も持って居なかった者が多く居り
これまた「長屋」から出てきていないようです。

■吉良側で戦った者が少数。
赤穂浪士の証言では「吉良側」で必死に戦ったのは本当に4、5名です。
これらは「刀」に対し、「赤穂浪士」側は刀、槍で複数名で応戦したため
討ち取っています。

■小林平八郎、清水一学が活躍していないどころか逃げ出している。
講談では大活躍の2名ですが
小林平八郎は逃げ出したところを捕まえられ殺され
清水一学も台所の裏で死んでおり、戦っていません。

■吉良側死傷者が少ない。※多いですが、講談とくらべ。
100名以上居たようですが、死者が15~17名ほどで
ほぼ戦っていません。


上記からの推察ですが「討ち入り」は一方的なもので
また「吉良側」が人数に比べ働いていないため無傷で終わったようです。

雪で、ころんで足をくじいたという人は居たそうです。

pan********さん

2011/2/414:01:02

深夜に不意打ちをしたからですよ。
吉良方も備えていましたが、いつ来るかわからないので、常に緊張感を持ってビクビクしていたので精神的に参ってしまっていましたからね。
また、吉良側の方が人数が少ないですし、赤穂浪士が多人数でうち行ったように偽装し、足軽や中間、小者が寝起きしている長屋を締め切ったので、吉良方は逃げだす者や隠れてしまう者が多かったようです。そして吉良方は各個撃破で一度に複数の浪士にズタボロになぶり殺しにあっています。

toz********さん

2011/2/413:54:25

討ち入り前に赤穂浪士たちは綿密な計画を立てていました。
吉良邸の見取り図も入手していましたし、装備も完全武装。
鎖帷子に槍装備VS寝間着姿に刀では勝負になりません。

更に、
・常に多対一で相手に当たる
・真っ先に相手の弓を使用不能にする
・明りを灯し照明を確保する
といった山鹿流兵法のノウハウを忠実に実行していました。

暗闇の中、勝手のわからない屋敷で戦ったらどうなるのかという、質問者さんの持ったような懸念は赤穂浪士も持っていたはず。
彼らはその対策を事前に練っていたのでしょう。

toe********さん

2011/2/413:50:07

まあ、一方的な押し込み強盗のようなものであったことが、死者がいなかったことから逆算的にわかります。

完全に目覚め、斬り合えるコンディションになる前に殺されてしまった、一方的な殺戮であったようです。

bwd********さん

2011/2/413:23:42

実際は、寝込みを襲ったので、あっという間に勝敗は付ついたようです。

時代劇などでは、堀部安兵衛と清水一学が立ち回りをしていますが、あれは、あくまで劇の話。

討ち入りなどは、夜中の何時が良いとか、決まっていて、その時間だと大体寝ているので勝敗がたやすく決まるみたいですね。

また、寝起きでいきなり斬りあいしても、明らかに不利だし、赤穂側は三人で組になって敵と戦ったとか、弓等の飛び道具は、すぐにツルを切って使用でき無くしたとか、用意周到だったからです。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる