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平安時代、鎌倉時代の合戦について 平安時代、鎌倉時代はまだ、馬上の武士同士が...

mag********さん

2011/6/816:05:57

平安時代、鎌倉時代の合戦について
平安時代、鎌倉時代はまだ、馬上の武士同士が一騎打ちをして勝敗を決する時代だったと思うのですが、
いくつか疑問があります。

①一対一の一騎打ちで合戦が進行していくのなら、一万人中の50人の精鋭を集めて結成した部隊で戦をしたほうがいいのではないでしょうか?

②このころの武士は剣術を習っていたのでしょうか?
習っていたとしても、馬上で戦うのですから、必要じゃないと思うのですが…。
それとも、平安時代、鎌倉時代には馬上で戦う為に考案され、始まった剣術の流派があったのでしょうか。

③一騎討ちの際は槍や太刀を使って戦う距離まで互いに接近したら、ほとんど馬は動かさずに、
ただ敵の突きを避け、太刀で斬って、避けられ、また敵の突きを避け、太刀で斬って、、、、と繰り返すのでしょうか。
それとも互いに馬を走らせ、すれ違う瞬間に斬るのでしょうか。


よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

han********さん

2011/6/819:06:22

①この時代 合戦の主流は弓で、両軍の矢合わせから始まり両軍がぶつかります。この時両軍の名ある武将が一騎打ちをしますが、徒歩武者や足軽クラスの兵も戦っているので、一騎打ちだけで勝敗が決まる物ではなく、総大将ともなれば一騎打ちなど応じる事はありませんし、廻がさせません。(大将が討ち死にすれば合戦は負けになりますから)
②③剣術は習っていません、馬の上から弓を射る 騎射が中心で刀は「打ち物」と言って補助的な武器でした。両軍の将校クラスの武将が名乗りを上げ馬を接近させ お互い輪乗り(ワノリ、馬が小さく円を描くように走らせる走法です)をしながら弓を射る戦法で、矢が尽きた時は太刀を抜いて斬り合いますが、この太刀は馬上刀と言って 馬の上から歩兵の頭を斬ることが出来るほど長い刀です、それでも決着がつかないときは「いざ組まん」と組討(クミウチ)に入り相手を組み伏せて、鎧通し(ヨロイトウシ・九寸五分とも言う)と言う小さな刀を抜いて相手の鎧の隙間に突き刺してし止めます。この時代 槍はまだ使用されておらず、奈良時代は矛が使用されましたが、騎射が中心となったため廃れました。その代わり歩兵が馬の足を斬ることが出来る薙刀(ナギナタ)や長巻(ナガマキ・刀の柄が1mぐらいある物)が使われました。槍が出てくるのは、南北朝時代短刀を使った菊池槍あたりからで 戦国時代のように侍大将が馬上で振り回す事はなかったようです。大将は弓を使う(今川義元や徳川家康は街道一の弓取りと言われたのもこの辺から来ています)のが当たり前で、剣術は歩卒(足軽などの意味)の技とされた時代です。剣術じたい1400年代、室町中期に念阿弥慈恩の念流や飯塚長威斉の天真正伝香取神道流などが出てくるまで、体系だった剣術はありませんでした。

質問した人からのコメント

2011/6/15 19:38:54

詳しい回答、ありがとうございます。

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