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マルクスは宗教はアヘンだと言った事は広く知られています。どんな意味で言ったの...

miurkymさん

2011/6/1418:31:46

マルクスは宗教はアヘンだと言った事は広く知られています。どんな意味で言ったのか謎だと思います。これを後の革命、改革者は有害と解釈した為に宗教を弾圧したのでは無いでしょうか。

現代になって経緯を振り返って見ると宗教は人類に取って有害かどうかについて結論は出ていないと思います。社会制度の変革に役立たない、という解釈も出来ます、事実はそうだと思います。宗教と社会制度変革の関連をどの様に考えているか。
ご意見有れば、お願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2011/6/1610:32:52

マルクスが「アヘン」だと書いたのは、『ヘーゲル法哲学批判序説』という本の中ですが、まず、あなた自身でその箇所の全体を読んでみてください。次のようなものです。

「宗教的悲惨は現実的悲惨の表現でもあれば現実的悲惨にたいする抗議でもある。宗教は追いつめられた者の溜息であり、非情な世界の情であるとともに、霊なき状態の霊でもある。それは人民の阿片(アヘン)である。人民の幻想的幸福としての宗教を廃棄することは人民の現実的幸福を要求することである。彼らの状態にかんするもろもろの幻想の廃棄を要求することは、それらの幻想を必要とするような状態の廃棄を要求することである。かくて宗教の批判は、宗教を後光にもつ憂き世の批判の萌しである」

読めばわかると思いますが、いちおう解説します。これは宗教が害悪だということを強調したかったのではありません。当時のドイツでは、政府の政治弾圧が厳しく、政治闘争は学問論争や哲学論争という体裁を借りておこなわれていました。マルクスの付近では、マルクスの先輩たち(ヘーゲル左派)が「宗教批判」をして喜んでいたので、マルクスは「いやいや、宗教にみんなすがるのは、現実が悲惨だからで、宗教はその現実の裏返しにすぎないんだよ。だから宗教批判や哲学論争ばっかりやっていないで、現実そのものを変えないとダメですよ」とこの本で言ったのです。宗教批判ではなく、宗教批判をして自己満足している人を批判したのです。

マルクスやエンゲルスは、時代ごとに宗教の進歩的役割をよく論じていて、エンゲルスの書いた『ドイツ農民戦争』という本は、中世の農民戦争がいかに宗教の形をとった進歩的な運動だったかを論じています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4003412842

現代でも、宗教は害悪のあるものもありますが、立派な平和運動や社会改革運動にとりくんでいるものも少なくありません。

アメリカのプラグマティストであるジェームズは、『宗教的経験の諸相』という本のなかで、「現代の多くの社会主義者やアナキストが耽溺する社会的正義というユートピア主義の夢は、非実用的で、現実の環境条件に順応しないにもかかわらず、聖人が実在を信じる国に似ている。それらは厳しい一般的な状況を打破するのを助け、よりより体制をゆっくりと育む」と述べています。理想をめざそうという宗教のあり方が、理想自体は非現実的でも、そこへむかっていくプロセスで人々にいい影響を与える、と言っています。

質問した人からのコメント

2011/6/20 19:52:36

成功 相互に矛盾した存在では無い気がします。皆さん、ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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karadamimosoさん

2011/6/1507:46:55

先の回答者さん達が述べたようにマルクスの思想は不完全で粗末なものでした。 具体的に言うとマルクス主義は経済だけに重きを置くという点であまりにも単純で浅はかな考え方なので、世界の物事を理解するのにあまり役立たず、前世紀の歴史が示したように、理想主義の机上の空論にほかならないと結論して良いでしょう。

唯物論的な思想で共同体の経済制度にしか焦点を当てないために、マルクス主義は人の心や感情などを軽視し、人の根本的な必要を満たすことが出来ないことは明らかです。 喩えば、社会階級の平等を説きながら人にとって根本的なニーズである自由を認めません。 共産主義の国家では人は自由を失い、支配階級の理想を吹き込まれて共産主義の奴隷になってしまうのです。

嘆かわしい事ですが、前世紀に東欧で定着した共産主義は「平等」と「自由」を説きながら多くの人の自由を奪い、完全に奴隷化し半世紀にわたって最高の悲惨をもたらしました。 もし私の言うことを信じなければ東欧の旧ソ連従属国に行って共産主義の悲惨を経験した東欧人の話に耳を傾けてください。

さて、本題に入りますが、マルクスはあまりにも単純でどんな物事でも経済的或いは階級争いの視点からしか解釈できなかったので、彼は宗教とは労働階級を簡単に支配し搾取するために支配階級が導入したものだという単純過ぎる結論に辿り付いたようです。

マルクス主義者から見ると、宗教は現実の人性の問題、喩えば経済的や社会的な平等を得るための階級争いや人権運動から人の注意を逸らし、日常生活から遠く離れた目に見えない世界に嵌まらせてしまう邪魔物で、労働階級を惑わし支配されやすくしているとされています。 ですから大衆のアヘンと呼んでいたのです。

マルクス主義者はよくキリスト教を批判して、キリスト教とは欧州の人を恐怖で威圧したり虐げたりするために西洋の支配階級の指導者や経済を独占していた大金持ちが作ったカルト宗教で19世紀まで労働階級を縛っていたとか主張していますが、彼等の批判はあまりにも粗末で客観性に欠けていると言えます。

そもそもキリスト教は支配階級が労働階級を奴隷化したり虐待したり反乱者を迫害したりするために使った宗教ではありません。 キリスト教は古代イスラエルで誕生したアブラハム系の宗教で、イスラエルでもローマ帝国でも改宗者は残酷な迫害を受けました。 イスラエルではキリスト教徒は国の社会エリートの律法学者やユダヤ教の祭司階級に疎外されたり殺害されることさえありました。 ローマ帝国では、約四百年間、信者は支配階級によって酷く迫害されたり犯罪者扱いされたり、捉えられて剣闘士として戦わせられたり、飢えたリオンの檻に投げ込まれたり、十字架に付けられて凶悪に処刑されたりしていました。 それはローマの指導者共が権力に貪欲であって、人より神に従うと説くキリスト教を自分の権力への脅かしとして恐れていたからです。

歴史を客観的に見れば、キリスト教は決して支配階級の搾取の道具ではなく、支配階級によって酷く虐げられた宗教だったのです。

それに、前世紀の歴史を見ると、マルクス主義者の「宗教は社会変革に役立たないものだ。 逆に社会変革を阻害する。」という主張全く通用しません。 キリスト教は社会変革をもたらせる力ですから。

アジアで一番のキリスト教国となった韓国はその良い例だと思います。

キリスト教の普及以前の韓国は平等も自由もない破綻国家でした。 新儒教の学者の階級が思想界や教育界を独占し、女性や労働階級の教育に反対でした。 女性や庶民が教育を受けることは間違っていると思っていたのです。 処が、キリスト教の宣教師がやって来て朝鮮社会でキリスト教が定着すると、多くの庶民は宣教師の創立した学校で良い教育を受けることが出来るようになりました。 宣教師は新儒教の古い価値観に異議を唱え、女性や庶民の教育を積極的に推し進めたり、庶民にでもわかりやすいハングル文字の使用を奨励したり、知識的に遅れていた朝鮮人に優れた洋学を教えたり、病院を建てたり、侵略された時熱心に独立運動に加わったりしました。 20世紀の後半にキリスト教は朝鮮社会を基礎から革命化し、国を遅れた破綻国家から繁栄の強国に変えたのです。

私が思うに、宗教ではなく、マルクス主義こそアヘンだ。

共産国家は国民から言論の自由を剥奪し反自由経済思想を人に吹き込んだり政府の政策に盲従しない人を「国賊」とか決め付けて残酷に迫害したりするから。

iriminationさん

2011/6/1423:53:33

マルクスが生きていた当時、アヘンは手術用の麻酔薬として用いられていました。
麻酔は病気や治療による苦痛を和らげる効果はありますが、病気や怪我を治癒させる働きはありません。

「資本主義経済のもとで苦痛を負わされている労働者が革命を起こそうとしないのは、宗教が資本主義による苦しみを忘れさせ、革命という治療が必要ないと錯覚させているからだ」と、マルクスは考えていたのです。

マルクスの「宗教は人民のアヘンである」と言いましたが、その本音は「自分たちの革命を邪魔している」ということになります。

2011/6/1421:20:15

マルキシズムは学問としては不完全なものです、思想として平等を説いたところに価値があります。

自由と平等は人類にとって大事なものですが、宗教は戒律があり、自由を阻害すると感じたのではないでしょうか。

共産主義は唯物史観ですから、唯心論の宗教が有害だと断定したのです。

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