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元中日の小松辰雄さんは、スピードガンの申し子と呼ばれていますが、どれくらいス...

kam********さん

2011/8/1511:48:38

元中日の小松辰雄さんは、スピードガンの申し子と呼ばれていますが、どれくらいストレートが速かったのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

yas********さん

2011/8/1512:00:40

150キロ前半、、、最速154キロくらいだったと思います。

当時どうしてこんなに速い球が投げられるのかテレビ番組で
特集されたこともあったと記憶しています、、、、

西武球場でのピッチング

http://www.youtube.com/watch?v=JCqkJv8Lsrw

質問した人からのコメント

2011/8/19 12:12:39

成功 動画までありがとうございます。
速いですね。
皆様、ご回答いただきありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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kur********さん

2011/8/1514:47:38

・プロ入り2年目の1979年、春季キャンプ時から「スピードだけならリーグ№1じゃないか・・・」という声が多かった。ストレートの最高速度は154キロ程だが、スピードガンを手にした広島・東山スコアラーによると「コンスタントに147キロから150キロ前半」を出していたという。人によっては「160キロ近く出ているのではないか・・・」というほどだった。スピードガンで投手の球速を測定するのが一つの流行となった1979年シーズン、そんなところへタイミングよく現れたのが小松投手であり「変化球投手全盛」の球界に革命を起こしたニューヒーローといえる。「力一杯、ストレートを投げていれば、そう簡単には打たれません」と言い切るあたり実に頼もしかった。
当時、小松と対戦した王貞治「巨人」も「速い・・・久しぶりに凄いといえる投手を見た・・・」と、その球速、球威に脱帽していた。又、登板を重ねるうちにストレートの速さに比例してカーブ、シュートなどの変化球の制球力も向上していった。球団フロントも「元・速球王、鈴木孝政」のデビュー時を思い出すと得意満面だった。

1979年・稲尾投手コーチの小松評
「球種、スタミナ、いろいろと課題はあるが一度に多くを望む方が無理。まだ19歳だよ。しかし、ここまできたら、もう大崩れはない。2ケタの勝ち星とセーブは大丈夫じゃないかな。ペナントレースが進めば先発、中継ぎ、抑え、つまりオールマイティーで使うつもりだ。それをこなして大エースになれる素質を持っているね」


尚、すでに先発投手に転向していた1987年頃の小松はストレートはMAX150キロ程度、球種はカーブ、フォーク、
スライダー、SFFを持っていた。

tok********さん

2011/8/1512:26:40

江川と投げ合ってスピードガンではいつも勝ってました。

pul********さん

2011/8/1512:02:47

最速は154キロでした。結構150キロ代を出していたと記憶しています。

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