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戦国武将の「氏」はどうして平や源ばかりなのですか? 他にも橘や藤原など、別の...

くたパイアさん

2005/12/2822:25:23

戦国武将の「氏」はどうして平や源ばかりなのですか?
他にも橘や藤原など、別の氏もあるでしょうに。

やはり血統の裏付けがないと他の氏はダメだったんですか?
源平だけはお金で買えたとか?
武家用の氏なのでしょうか?

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htk********さん

2005/12/2910:59:49

源氏であれば、武家の最高位・征夷大将軍として君臨できます。軍事。
平氏であれば、天皇補佐の最高位・関白として君臨できます。政治。

家康の「松平」は平氏です。しかし、徳川と改名するに至って腹心等が「実は源氏なのよ」と味方をも騙す徹底振りを発揮したので、源氏・軍事・武家の最高位で権力を振るった訳です。
それと家康自体、秀吉の二の足が嫌なので予め「源氏出身で部下の皆さん宜しく捏造を」というが追い風となりました。

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ors********さん

2005/12/2908:44:15

伊達家など藤原氏を名乗る大名も多いですよ。
北関東から東北は藤原秀郷の後裔と称する家が幾つか存在します。
時代は少し遡りますが楠正成は橘氏を称しています。
徳川(松平)家も一時は藤原氏を称しています。
このほか東北の田村家は坂上田村麻呂の、安東家は安倍氏の末裔をそれぞれ称しています。
関東は旧来、平氏の地盤でもありましたから本当の平氏も少なくはないです。
ただ、源平を名乗る者が多いのはやはり武家として通りがいいこと、実際に各地に地盤があったためその地の支配の権威として利用しやすかったこと、などが上げられると思います。

cli********さん

編集あり2005/12/2904:56:55

そもそも平氏(桓武平氏)や源氏(清和源氏)が武士の始まりです。
平氏(桓武天皇子孫)や源氏(清和天皇子孫)が侍となって
朝廷の警護役として一族が政治力を持つと政権を取るようになったのです。
武士で力を持った一族は分家して姓氏を変えても武士であるはず。
繁栄した一族は子孫も多く分家も多い。
彼らは中央から地方へ守護や地頭として派遣させられて
各地の有力な豪族となりました。
もちろん、貴族(藤原等)も守護や地頭として地方に派遣されました。
しかし、武家政権直前まで、侍の役目は平氏か源氏だけでしたから
中央から下った地方の武士に平氏・源氏由来の姓氏が多いのも当然です。
戦国時代も終わりになると源氏にこだわる武将も増えてきました。
武士の最高位の征夷大将軍が源氏だったからです。
この頃には、先祖に源氏を探して半ば強引に源氏を名乗る者もいたでしょう。
下克上で氏素性の明らかでない者が武将になることもあったでしょう。

har********さん

2005/12/2822:43:20

他の氏族もいましたよ。
源氏も平氏も武家の棟梁の家でしたので、詐称していた武家がほとんどなのです。
木曽義昌などは義仲の子孫などと言っていますが、ホントは藤原氏だとも言いますしね・・。
http://www2.harimaya.com/sengoku/bk_tiho.html

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