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将棋の順位戦はなぜA級、B級などとアルファベットなのでしょうか。

xap********さん

2011/11/2219:59:51

将棋の順位戦はなぜA級、B級などとアルファベットなのでしょうか。

将棋の伝統的なイメージからは違和感があるのですが、なぜアルファベットでクラス分けをしているんでしょうか。もっと、古来からあるような和風の呼称にしようとか思わなかったんでしょうか。これは名人戦が創設された当初もアルファベットだったのでしょうか。

国際的に売り出していくというような目論見があるのですか。

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pri********さん

2011/11/2221:36:32

将棋界の歴史は複雑ですが。
A、B1・2、C1・2というクラスは戦後です。
推測として、すでにある、終身下がらない段位とは別の体系が必要になったこと、日本的にすべく「一品」「甲級」などでは解りにくいこと、また戦後日本の風潮として近代・開明的なムードが求められたこと、などであると思いますが、当時の関係者や有力棋士の多くは既に去っています。

質問した人からのコメント

2011/11/26 18:49:18

一安心 甲級、乙級、丙級
これもなかなかいいかも。

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rac********さん

2011/11/2322:32:25

aiko senoo 1114さんの蛇足に更なる蛇足を(笑)。

順位戦の2期目でなぜB級1組の優勝者が挑戦者決定戦に参加することになったかというと、1期のときにB級1組で優勝した棋士が他の棋戦でも勝ちまくっていて、そういう棋士が名人の挑戦者になれないのはおかしいという意見が出たからだそうで。その棋士というのはもちろん升田新八段。自分が好成績をあげたおかげで2期にA級で優勝してもすんなりとは挑戦者になれず、あげくに弟弟子の大山七段との挑戦者決定戦を戦うことになったわけで。

おまけに、対局場所は体調の関係で暖かい場所を希望していたのに、決まったところはくそ寒い高野山。これは絶対、毎日-大山ラインの陰謀だ、というのは升田サイドの見方ですが、どこまでが本当かはわかりません。あげくのはてに必勝の3局目を最終盤の大ポカで負けたわけで、もしこのときに勝っていれば、その後の成績があれほどの大差になったかどうか、興味のあるところです。

koy********さん

2011/11/2309:13:01

本当のことは解りませんが推測すれば、その棋戦のスポンサーの意向に添ってつけられたたネーミングではないかと思います、ご存知とは思いますが、名人を決める順位戦リーグのスポンサーは最初から大手新聞社です、新聞社は新聞の販売部数を拡大するか減らさない目的で将棋の棋譜を毎日掲載しています、その意味でマニアだけが解る?和風よりも、それ以外の人々にも多く観てもらえるようにA級~C級にしたのだと思います、つまり時代を先読みした当時のスポンサーの意向だと推測します。

aik********さん

編集あり2011/11/2301:52:03

名人戦が創設された当時(昭和14年)は順位戦というものがありませんでした
(名人への挑戦権は現在の順位戦とは異なるリーグなどで決定されましたが、
その詳細はあまりにややこしいので割愛します)。

順位戦が創設されたのは戦後の昭和21年(当時の主催者は毎日新聞社)。
八段の棋士(当時は八段が最高位だった)をA級、
六・七段の棋士をB級、四・五段の棋士をC級、と3クラスに分けてのリーグ戦。
…つまり「順位戦は創設当時からアルファベットでクラス分けをしていました」。
他に気の利いた名称は…多分思いつかなかっただけだと思います(笑)。

その後第3期(昭和23年)よりC級が1組と2組に分けられ
(同時にA級の定員が現行の10名となった)、
第6期(昭和26年)よりB級も1組と2組に分けられ
(B1の定員はこの時から現行の13名)、
現在のような5クラス体制となりました。

…以下は思いっきり蛇足ですが(笑)、
第2期~第4期の順位戦ではリーグ終了後にA級の上位3名とB級の1位による
パラマス式トーナメント(≒勝ち抜き戦、全て三番勝負)を行い、
その勝者が名人戦の挑戦者になるという、
プロ野球のクライマックスシリーズみたいなシステムになっていて、
現行ルールではありえない「A級以外の棋士が名人に挑戦できる可能性」がありました。

さっそく(?)第2期順位戦でB級1位の大山康晴七段(肩書きは全て当時)が
トーナメントを勝ち上がって史上唯一「A級棋士以外の名人挑戦者」となっています
(名人戦は2-4で塚田正夫名人に敗れる)。
ちなみにこの時の決勝三番勝負がかの有名な「高野山の決戦」です
(第3局、必勝だった升田幸三八段が大頓死を喫し
「錯覚いけない、よく見るよろし」という言葉を残した)。

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