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古代の日本でも、「街道」の整備は国家事業として行われたのでしょうか。

dek********さん

2012/1/919:41:59

古代の日本でも、「街道」の整備は国家事業として行われたのでしょうか。

古代ローマ帝国も秦の始皇帝も、轍の幅を統一したり、街道を整備したりしていますね。

税を集めるにしても軍隊を派遣するにしても、
物理的なインフラとしての街道があればこそですから、
支配者として当然といえます。

古代の日本、具体的には「五畿七道」が制定された律令時代に、
そのような事業は行われていたのでしょうか。

補足「駅の整備」は、各地の国司や地元の有力者などに、「やっとけよ。」と命令しただけでしょうか。
それとも、中央から人・物・金などを送って確実に実現したのでしょうか。

馬と駅舎を用意する「点」の整備だけでなく、
木々を伐採して道幅を拡張したり荒れた地面をならしたりするなど、
道路自体の「線」の整備(および維持管理)も行っていたのでしょうか。

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no_********さん

編集あり2012/1/923:56:57

たとえば、「律令」の「令」のなかの「厩牧令」に、定めがありました。

「凡諸道須置駅者。毎卅里置一駅。
若地勢阻険。及无水草処。随便安置。不限里数。
其乗具及蓑笠等。各准所置馬数備之。」
「凡駅。各置長一人。取駅戸内家口富幹事者為之。」
「凡諸道置駅馬。大路廿疋。中路十疋。小路五疋。使稀之処。国司量置。(後略)」
などの規定です。

これらの規定は、要するに、官道には駅を設け、
駅長を置き、一定数の馬を常備しておくこと、
という内容の法律です。


(補足)につきまして
もちろん、道路網全体の整備です。
ハード面では、「営繕令」にこのような規定がありました。
「凡津橋道路。毎年起九月半。当界修理。十月使訖。其要路陥壊停水。交廃行旅者不拘時月。
量差人夫修理。非当司能弁者申請。」

律令時代の道路は、近代以前では最も立派でした。
木下良さんは、この分野の第一人者ですが、
こちらに簡単に概説してくれています。
http://www.geog.or.jp/journal/back/pdf110-1/115-120.pdf

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och********さん

2012/1/920:04:35

行われましたよ。馬を駐在させる駅も置かれましたから。

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