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法華経の如来神力品にある「四処道場」とは、 日常生活どの場面でも仏道修行にな...

viv********さん

2012/3/2908:34:21

法華経の如来神力品にある「四処道場」とは、
日常生活どの場面でも仏道修行になるという意味なのですか??

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

can********さん

2012/4/308:36:56

そう言う意味もあるのかも知れませんね。

日蓮聖人は 「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり、舌の上は転法輪の所、喉は誕生の処、口中は正覚の砌なるべし。かゝる不思議なる法華経の行者の住処なれば、いかでか霊山浄土に劣るべき。法妙なるが故に人貴し、人貴きが故に所尊しと申すは是なり。」 (南条殿御返事)

と述べていますので、妙法を持つ人が住めばこの娑婆世界がそのまま霊山浄土・常寂光土である、凡夫が悟りを開けば娑婆が浄土であるし正しく仏道修行する時には既に娑婆は浄土であると言う事は言えると思います。

この文では当時法華経をまともに信じ学び行じて広めた人が他にいなかったと言う認識から、聖人自身を凡夫ではあるけれどその魂は仏から受け取った法華経であると言う事も、その宗祖そしてその宗祖の教えを信じ学び行ずる弟子檀那の住所である娑婆の外に浄土はないと言うことの他に述べられていると思います。

だから言い換えると確かに、一刹那一刹那自分の住む境界が穢土になるのも浄土になるのも自分の身・口・意が基本なので特別な仏道修行だけでなく在家にとって大半の時間を使う日常生活も全て修行であると言う事になりますよね。

質問した人からのコメント

2012/4/4 20:49:37

成功 日常生活は修行なのですね。
ありがとうございました!!

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1〜1件/1件中

she********さん

2012/3/2908:36:13

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