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マリーアントワネットの母親は、オーストリア女帝マリアテレジアです。母親は「ハ...

min********さん

2012/5/605:15:48

マリーアントワネットの母親は、オーストリア女帝マリアテレジアです。母親は「ハプスブルク家中興の祖」、「稀代の女傑」と言われ、
プロイセンのフリードリヒ大王とも互角にやり合う程の剛腕政治家です。

しかし、なぜ娘のマリーアントワネットはあんなに出来が悪いのでしょうか?
フリードリヒ大王もあの世で「お袋さんと娘の出来が逆だったら、俺はウィーンまで占領できたぞ。」と思っているのでは?
マリーアントワネットが母親並の剛腕政治家なら、フランス革命は起きなかったでしょうか?

補足フランス人はドイツ人(オーストリア人)嫌いが貴族にも平民にも多かったそうですからね。元々、マリーアントワネットの結婚も犬猿の仲だったブルボン家(フランス)とハプスブルク家(オーストリア)の和解政策(外交革命)の一環ですよね。
ブルボン家はカトリックの癖にイスラム教のトルコと秘密裏に同盟してまで、同じカトリック国であるオーストリア(神聖ローマ帝国)を圧迫していましたからね。

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たんたんさん

2012/5/618:45:29

マリア・テレジアは国を治める王としては、一流の人物でしたが、16人の子供を産んでその子供への贔屓が極端だった。次女マリア・アンナと5女マリア・エリザベートには冷たく、次女マリア・アンナはただ醜いというだけで疎まれたが、『学者大公女』と呼ばれるほど聡明だった。
10女のマリア・カロリーヌは最も母に似ていると言われた。ナポリ=シチリア王に嫁ぎ、政治に関与し、母譲りの『女傑ぶり』を見せた。
マリー・アントワネットは綺麗で派手好きの甘え上手、勉強嫌い。テレジアもなんだかんだ言っても、一番に甘やかした末っ子だった。

質問した人からのコメント

2012/5/12 15:39:28

降参 マリアテレジアも母親としては子供の器量を見抜けなかったのですかね。次女マリア・アンナは学問に優れていたのに、妹姫のマリーアントワネットは勉強嫌いですか。学問を究めんとするなら文化の都ウィーンには高名な学者は大勢います。
彼らを家庭教師に雇うなど天下のハプスブルク家なら造作もないことでしょう。
次女マリア・アンナはどの学者について学問を習ったのでしょうかね?

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thw********さん

2012/5/1015:52:40

革命は必ずしもおきていたでしょう。
マリー=アントワネットの態度より、ブルボン家の王族に批判が多くありました。
フランスの戦争好きは有名です。戦争には資金がかかりますし、兵は市民です。
戦争とヴェルサイユ宮殿の建築費などのために市民を税金で追い詰めていた時に、フランスで嫌われる国の皇女が嫁いでくれば怒りの矛先はアントワネットに向かいます。

アントワネットが政治を動かすのがうまかったとしても、フランスは女が権力を持つことを喜ばしく思わないでしょう。
ドイツ人に主権を捕らえれるのも面白くないと思います。

珊瑚さん

編集あり2012/5/619:33:18

マリー・アントワネットはそれほど出来が悪かったわけではないでしょう。お母さんと比べれば、残念な娘さんだったかもしれませんが。

有名な「パンがなければお菓子を食べればいいのに。」というセリフはアントワネットが言ったわけではありませんし。

首飾り事件も、アントワネットは一方的な被害者だったのにバッシングされました。

アントワネットが歴代の王妃に比べて特に贅沢だったわけでもありません。フランスの財政は、彼女が嫁いだ時には既にどうしようもない状態でした。
夫ルイ16世との夫婦仲も良くて、愛人も生涯ただひとり、夫公認の愛人フェルセン伯爵だけで、純愛でした。

ルイ16世が暴君ではなく、むしろ改革を積極的に受け入れる人だったため、王権そのものまで否定される方向に進んでしまいました。追いつめられた夫妻は王妃の実家オーストリアへ亡命しようとして、国民の怒りを買い、処刑台に送られることになってしまいました。

ご先祖のつけを、お人好しの若い夫妻が払わされてしまったということでしょう。

koj********さん

2012/5/606:24:33

マリーアントワネットは末っ子で、フランスへ嫁入りしたのも少女です。
マリーアントワネットが国民から総スカンを食う理由は、王妃の癖に政治に介入したことが原因です。外国人である王妃は、目立ってはいけないわけで、例えば、ルイ14世の王妃、マリーテレーズのような控えめな人が良いのです。
ルイ16世は家庭的な人で、マリーアントワネットただ一人を愛しました。それが仇になってしまったのです。
もっとも、革命はいずれ起こったには違いないです。マリーアントワネットが原因ではありません。彼女はスケープゴートにされたのです。

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