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私は、芸大の1年生です。 私は芸術の力をかりて何をしたいのか 自分がなにを...

kon********さん

2012/11/200:38:07

私は、芸大の1年生です。

私は芸術の力をかりて何をしたいのか
自分がなにを目標にして、何を伝えたいのか、自分が信じているものは何か。
答えが出なくて焦っています。


目標があれば、意地でもなんでもやり遂げるタイ

プなのですが、
目標がなければ、本当にただの駄目人間です。
・ ・
自分が、ただ描いた絵や作った作品では、伝わって来ないのです。


気持ちのこもった作品が作りたい。人に何か伝わる作品が作りたいです。


このような、気持ちになった方、解決された方のご意見が聞きたいです。

また、誰かと一緒に一から作品をつくってみたいです。

よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

vio********さん

編集あり2012/11/209:29:50

あなたのことはこの文章以外にはわからないのでなんとも言えませんが・・・

1年生という事はまだそんなに「経験」がないですよね。

たぶん高校までは狭い人間関係のなかで過ごしていたと思うのですが、大学生はもう子供じゃありませんし、広く社会に挑戦出来る年齢なんだと思います。

例えば公募展でも出品は高校生以上となっているのが多いですが、実際、高校生が受賞すると、高校生なのに・・・若いのにすごいね・・・となりますけど、大学生だと一般のひとと評価はかわらないです。つまりもう積極的に作家活動を始めてもいい歳になったってことです。

どんな事でも実際に経験してみて初めてわかること、感じることってあると思います。

大抵のことはやってみないとわかりませんし、実際にやってみると思ってたことと全然違うという事はよくある事です。

ぼく自身、学生時代に初めて自主的に画材メーカーの公募展に出品してみて、結果は入選に過ぎませんでしたが、数千点の中から30人くらい?の枠に入る事が出来た事で、なんかやっとスタート地点に立てたような感じがしました。

それから友達と初めてグループ展をやった時とか、初めて個展の依頼があった時とか、自分の作品がポストカードになってピカソとかゴッホと同じ棚に並んだ時とか、新聞の全国紙でカラーで紹介された時とか・・・学生時代っていろんな経験が待っているわけで、一般の社会人と同じようなチャンスを貰えるのに、どこかではまだ学生だから・・・と甘くみて許して貰える雰囲気があるすごく得な頃だと思うのです。

たとえば自分の作品の欠点って、グループ展とかで他のひとの作品と並んで初めてわかるものもありますし、自宅や学校で見ている作品も美術館に展示すると全く違った感覚で観る事が出来て、なにか大事な事がわかる事もあったりします。

自分の作品がダメだ・・・という思いはどんな成功した画家でも死ぬまでそんな感じが続いているわけで、不安だからこそ積極的にいろんなものにチャレンジをしていくんだと思いますよ。目標なんて大学生になれば学校が与えてくれるものなんて馬鹿らしいと思うものでしょうし、自分でどんどん目標をみつけていく年齢になってるはずです。

誰かと一緒に・・・というのはぼくも学生時代から演劇をやっている友達を見て羨ましかったですし、画家になってからも芝居をやっている友達や映画やテレビに出ている俳優の友達をみて、みんなで何かを作り上げていくのって羨ましいなぁといつも思っています。

芸術もジャンルによって共同作業の場合がありますけど、大抵は孤独な仕事です。

たまに芝居のポスターとかを頼まれて描く時には、自分も一緒に芝居に参加している感覚を得られますけど・・・でもやっぱり部外者にはかわりないですし・・・

絵に関して言えば、絵を描く能力がすごいひとは沢山いますが、しかしそれをうまく仕事に出来るひとは少ないわけで、画家になる為には絵の才能は勿論のこと、画家としてやっていける性格も必要なんだと思います。孤独に強いとか積極性があるとか・・・

不安な気持ちは作家の道を選べば死ぬまでつきまとうものですし、誰もが同じですから安心してください。
「自分がなにを目標にして、何を伝えたいのか、自分が信じているものは何か。答えが出なくて焦っています。」なんて死ぬまで続く疑問です。

とにかくあなたくらいの年齢の時には無限にまだ可能性があるわけです。
学校で1番になるよりも、世間で自分の才能を認められる事の方が感じるものは大きいと思うので、積極的に世間に作品を発表していく事しかまずはないのでは?公募展が一番手っ取り早いですから公募展とかでもいいですし。

質問した人からのコメント

2012/11/6 17:56:51

感謝 みなさま回答してくださり本当にありがとうございました。
みなさまの意見を読ませていただくことで不安が和らぎました。
今は、自分が伝えたいことを自分にできる精一杯の表現で誰か一人でも何か伝わる作品をつくれるよう頑張っていきます!
また、デザイン公募ガイドなどで見て積極的に作品を出していますが、
今以上に思いを込めて作品を応募していきたいと思います。

ベストアンサー以外の回答

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cof********さん

2012/11/515:18:23

一般人(私)が質問文を読んだ限りの素人意見なのですが…。

「芸術の力を借りて何かしたい」とか「何かを伝えたい」というのは
…うまく言えないのですが、ちょっと傲慢かな?と思いました。
悪く解釈すると、芸術を、自己顕示か何かの手段にしているように見えて。

また、「目標や信じる物がない、分からない」とか、
「誰かから目標などを与えられないと駄目だ」とか、
そして、現状は ただ絵を描き、作品を作っているだけ
(たぶん、与えられた課題とかに沿って、ということですよね?)ということから、
失礼ですが、質問者さんは芸術家やクリエイターには向いてないとも思いました。

創造力のある人は、
「気持ちのこもった作品が作りたい。人に何か伝わる作品を作りたい」
と、わざわざ意識せずとも、気がついたらそういう作品を創っています。
頑張って「作」らなくても、
創りたいものや表現したいことが 自分の中から湧き出て溢れ出す感じで、
これをどう表現したらいいだろうか、どんな風に創れば人に伝わるだろうかと考える…、
みたいな感じです。

なので、質問者さんの場合、在学中は課題や勉強を頑張り、
仕事・就職は、創作とか創造力が必要のない仕事に就く方向でお考えになると
いいのではないかと思いました。
美術・芸術関係で、そういうお仕事はたくさんありますよね。

そしてその資質は、別に悪いことではないと思います。
目標や課題を与えられれば真剣に取り組むというような真面目さは、
芸術家気質ではないかもしれないけど、
人が社会的に求められる重要な要素のひとつです。立派なことだと思いますよ。

yet********さん

2012/11/216:39:39

画学生であった頃を思い出しました。
飲んじゃ「これでいいのか!」「絵描きになにが出来る?」「芸術って?」「絵を描いてなんの役に立つ?」「デザインの連中はいいよな。とにもかくにも人様の役に立つもんな」こういう繰り言の連続でした。
でも、卒業する頃になって、やっぱり美術の大学へ進んで、絵やってよかったと心から思ったものです。

私が何か出来るというのは、ある意味驕り(おごり)でしょう。
人間一人そう力はないものです。
芸術の力と言われてますが、そんなものあるのでしょうか。
芸術が何かをやってはくれません。
やるのは自分です。
大向こうを唸らせ様なんて考えちゃいけません。
ゴッホがすごいのは、あの生真面目さでは無いかと思います。
生真面目さの故にあのような作品を「もの」に出来たのでしょう。
生真面目さを一途(いちず)といってもいいでしょう。
人生、試行錯誤の連続です。
正解や模範解答は無いのです。
自分の人生、自分で作るのです。

どーらんさん

2012/11/205:31:42

芸術家志望の者です。
表現したいものがわからない、ということですよね。

私の場合は、日々の人間的な生活の中で感じた感情ですね。
「叫び」で有名なムンクも、自分の鬱屈した気持ちを払うために描いていたとか。

詩人の萩原朔太郎は、自身の憂鬱・絶望を深く観察した鋭い詩で高名です。

芸術の本質は抑圧された感情のカタルシスにあると思います。
自分の気持ちに素直になればよいのだと思います。

私も毎日不安で仕方ないけれども、そういった負の感情をも、ときには創造の母となるのです。自分の胸の奥の深い所から生まれたものはすべて価値的なのです。

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