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人生無意味を唱える人というのは男性の中に多い はずだというのは先入観でしょう...

人生無意味を唱える人というのは男性の中に多い
はずだというのは先入観でしょうか?

女性の中にも人生無意味主義者は多いですか?
個人的にはたぶん多くないと思う。
女性は人生に意味があるとかないとかいうことを
男性ほどには考えていない人が多いのではない
かと思う。
「考えていない」ということは、意味があるというこ
とでも意味がないということでも、結論付けていない
ということでありますよね?ただそんなことに興味
がないというだけですよね。
この男性に人生無意味主義者が多いという予想
を当たっていると思う人にご回答頂きたい。
どうして男性の中に人生の意味について考える
人が、女性に比べて多いのですか?

補足smilemakerzgogoさん
あなたの意見、実に面白く興味深いですね。
もっと聴かせてほしいと思いましたね。

閲覧数:
522
回答数:
6

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ベストアンサーに選ばれた回答

smi********さん

編集あり2012/11/1221:22:29

女は子供を産めるから、大抵のことは一般常識に照らしても正当性がある。
しかし、男は自ら子供を産めないので、性欲を肯定的に捉えられない側面がある。生物として種を残すため生んでもらう媒体を探すしかないんだけど、そのことは性行為自体に正当性を見出さねばならないということを意味する。エロやセックスというのはどうしても品性下劣なマイナスの要素も合わせ持つので、女性より思考の量を増やさないと人格を保てない。

人は誰しもが欲望を持っているが、そのことは考えようによっては肯定できる。自己肯定することによって精神的負担を減らすことができる。
女の性欲が最終的に出産という生物としての正当性を持つのに対して、男の性欲はあくまで快楽の追及の域を出ないため、男は女よりも自己肯定しづらい立場にある。男性の中に人生の意味について考える人が、女性に比べて多いのだとすれば根源にはそういう事情がある。

※補足読みました。

興味を持って頂いたようですので、もう少し記述します。

人生の意味というのは、結局は快楽を感じたときの充足感だと思うんですよ。男も女も。
でも、男の性欲の快楽の追及が女よりも肯定しづらいのは、肉体的な快楽のみだからなんですよ。

快楽には2種類あって、肉体的な「気持ちいいと感じる体感」と、精神的なものがある。それは自分が美しさを感じる「善」だと思う事を実行できたときに感じる「精神的な満足」です。

それで、肉体的な快楽は、例えば美味い物を食べた時の快楽とかは男と女でそこまで差がないような気がするんですが(セックスについて男と女どっちが気持ちいいかは一様に言えないので省きます)精神的な快楽は明らかに違うのではないかと思うんですよ。

それは上記に記したように、女性は自分の中にある人間的な「醜い本性」を意識せざるをえない機会が男性に比べて少ないという点です。
もちろん男性もエロを肯定する事によって、いくらか自己否定を軽減することもできるけど、どこかで絶対にエロを求める自分の本性に対して、距離をとって冷静に見ざるをえない瞬間がある。そして冷静にみた時に、醜さを感じている。
だけど、その醜さが肉体的な快楽につながっている。この精神的な不快が肉体的快楽につながるという複雑な精神構造に対処するために、思考の幅や量を増やさなければならないんですよ。

女性の場合は、こういう「矛盾のようなもの」がないのではないか。出産という生物としての正当性に加えて、性欲の質の違いもあって、快楽に対して、一々理屈をつけなくても肯定できるのではないか。だから、人生の意味について、生きる事の充足感を得ることについて理屈をこねる必然性が男性よりも少なくてすむのではないかという結論に至るわけです。

質問した人からのコメント

2012/11/13 05:34:01

興味深い考え方だなと思いました。
女の哲学者が男の哲学者より圧倒的に少ないこと
の理由になっているのかなと思いました。
自分の意識の深い部分を探ってみて、結論を出したい
と思いました。
ありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

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女性は考えていないのではなく、基本的に、考える必要がないのだと思います。
たとえ考えていなくても、決まってるもので満足しているのだと思います。

なぜなら、女性は男性と違い、「正しさ」を羅針盤として生きていく性だからです。
社会で正しいといわれてることを正しいとするか、自分の考えを正しいとするか、
今までの当たり前を正しいとするか、周りの人間を正しいとするか、
対象は違えど、「正しい」に忠実に生きています。

これは、残すべき遺伝子を選び、子を産み、育てる性として、当然の仕様だと思います。
人間という種の方向性は、女性に一任されているからです。
正しさに不安を持ってる者には、選び育てることはできません。

反対に男性は、「楽しさ」に忠実に生きていく性だと思います。
集中したり、やりがいがあったり、他人より自分が得意なものに一途になります。
遺伝子を多様化させるには、伸びやすい長所を伸ばすことが大事だと思うので、
この仕様もよくできたものだと思います。

男性は遺伝子要因ではありますが、直接種に関わることをしません。
女性にとっては種に関わる性交も、男性にとっては「楽しさ」のひとつになります。
人間でありながら、人間の世代交代や、社会から、あまりにもかけはなれています。
ポツンとした単独の存在が、何ともつながらず、たったひとりそこにいる状態なのです。
だからこそ、人生の意味につまづきやすいのだと思っています。

また、男性が趣味でやる哲学は、「楽しさ」があることが条件になります。
そして、男性は悩むことを目的として哲学する傾向があります。
だから、人生に関係のないところや、正しさが見つからないものにあえてはまるのです。

というのが私の意見です。

fxx********さん

2012/11/1116:35:43

先入観だと思いました。

私女で哲学好きです。

他の女友達も哲学好きですよ。

ann********さん

2012/11/1112:54:47

こんな前提で生きてるから結婚相談所がうまくいかないのさ。


東大哲学科には女はたくさんいるし、
東大にもたくさんいる。
虚無主義者は、大学みたいな世俗丸出しのところに行かないでしょ。


人生に意味は無いが、学歴には意味がある?
まさかね。



人生無意味主義とかで大騒ぎしてるけど、
そんなやついるの?

何もいないのに、またじいさんがブンブン両腕を振り回してるだけでしょ。
なにやってんの?ニヤニヤ、なんですけど。

gon********さん

2012/11/1111:58:19

女性は、生来「種の拡散における最重要項目」という自明の使命を持ちますから、それを達成しようと拒否ろうと、重要な行動ですので、前提として人生が無意味じゃないだけだと思います。
差別的に映ったらごめんなさい。

zak********さん

2012/11/1110:22:43

スタインベックの『怒りの葡萄』の中に、「男は怒ったり喜んだり悲しんだりいろんなことに一喜一憂しその都度立ち止まるが、女は大河のように悠々と流れていくだけだ。」というようなことが書かれていました。「女は様々に考えをめぐらす以前に既に生きている」、つまり自然に生きる術を生得的に知っているのかもしれません。勉強嫌い、哲学嫌いな妻が「もしかしたらいちいちああでもないこうでもないと屁理屈ばかりこねまわしている自分よりよっぽど利巧かもしれない」と思える時がしょっちゅうありますが、そのとき思い出すのが決まってこのスタインベックの言葉です。性差というのは厳然としてあります。女より男の方が概して理屈っぽいというのはどなたも否定はしないのではないでしょうか。

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