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天皇と将軍(武士、幕府)の権力の二重構造

inf********さん

2012/11/2100:39:07

天皇と将軍(武士、幕府)の権力の二重構造

江戸時代まで天皇と幕府や武士の権力の二重構造で政治を行ってたみたいですが理由はなんでしょうか。
天皇だけが政治をしないのに(実際はほとんどの権力は幕府のほうが握っていたみたいですが)なにかメリットなどがあったんでしょうか。
簡潔にわかりやすく説明しなければいけないのでこの時代のことについて詳しくてもわかるように説明していただければと思い質問させていただきました。
よろしくお願いいたします。

補足回答してくださった方々、ありがとうございます。ひそかな疑問なんですが、明治時代に憲法上では天皇が主導権を握っていましが政治は政府が、戦争戦略や戦争を決めるのは軍だったみたいですが天皇自身でいろいろと物事を決めなかったりした理由ってあったりしますか?

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tom********さん

2012/11/2100:57:41

個人的には、天皇は神聖な権力を付与する者であり、ローマ法王の様な存在にも見えます。

それ以前の摂関政治、また、古代の聖徳太子(厩皇子)が摂政として実際の政治を動かしていたことからも、天智天皇、天武天皇、桓武天皇などの天皇親政を行う天皇以外は、俗的な政治は臣下が行うものだったのかもしれません。

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tie********さん

2012/11/2209:24:50

細かいことは他の回答者の回答をご参照いただければわかると思いますが、簡潔に言うと
天皇家は日本の宗教である神道の神主の最高位であったからですよ。

ヨーロッパの王家とローマ法王の性質を併せ持っていたから、権力と権威を分ける政治体制を維持することができたんですね。

ban********さん

編集あり2012/11/2714:56:38

「権威」と「権力」は分けたほうがうまくいく、というのが、日本人の知恵だからです。
「権威」は清らかなものでなければならず、「権力」は清らかではありえません。
政治というのは、ヨゴレ仕事です。必ず誰かの不満を買い、必ず誰かに恨まれます。全ての者をを等しく満足させるような「政治」はありえません。
政治家は、人の恨みを買うのが仕事です。つねに批判されなければならないし、ダメなら交代させられます。これは戦国時代だろうと江戸時代だろうと、民主主義の時代だろうと、同じことなんです。
権力の交代、というのは、普通は「前政権の皆殺し」です。中国だろうと欧州だろうと、「革命」というのは、もとの皇帝・王の一族を皆殺しにすることでしか達成されません。
しかし日本は、天皇という「神聖」とされる家系をとっておいたおかげで、「天皇に認めてもらえばそれで決まり、みんな従う」という仕組みになっています。おかげで、最後まで殺し合わなくて済むのです。こんな「ありがたい」ものを持っているのは日本だけです。他の国はお気の毒というしかないです。
どうして「天皇」がそういうありがたい(という表現がもしイヤなら、便利な、役に立つ、と言い換えてもいいです)存在でありえたか、といえば、日本人が古代からずっと「天皇はありがたい存在だから、とっておこうよ」という「知恵」を持ち続けた、「なくしちゃもったいないよ」という合意ができていたからです。もちろん、江戸幕府もその知恵に従いました。
どんなに権力を独占しているように見えても、京都から天皇の使者が来れば平伏してお迎えする、そういう枠組みを守ったから、日本人は安心して幕府に政治を任せたし、とんでもない暴君というのも出て来ないのです。力づくで権力を奪おう、という勢力もなかなか出ませんでした。幕府が役割を終えたときも、戦争はありましたが諸外国と比べてはるかに小さい規模であり、徳川一族が皆殺しになることはありませんでした(というか、誰ひとり首を切られませんでした)。革命で王を殺したフランスで、最終的にいったい何人ギロチンで殺されたか、比べてみれば明らかです。
天皇が「神聖なもの」で有り続けたのは、逆説的ですが「何もしなかったから」です。ただ、時の権力者の政治に「よきにはからえ」というだけで、あとはひたすら、国の平安を神に祈っていただけです。「だったら要らないじゃん」というのは簡単ですが、そういう存在がいるといないとでは、イザというときに、全然違うんです。
努力して、競争に勝って、他人を蹴落として権力者になった者は「神聖」ではありえません。だから、ここで述べたような「安全装置」になりえないのです。戦争で勝てば将軍になれる。選挙で勝てば首相になれる。でも、天皇だけは、世襲でしかありえないのは、そういう理由です。「なりたくてなった」人ではなく「生まれながらの存在」でなければ役に立たないんです。

(補足)ここに書きましたように、天皇は「なにもしない」ということで神聖性を保ってきたのです。
明治以降でもそれは同じです。憲法の条文にいくら天皇が絶対君主であるかのように書かれていたとしても、現実には「天皇は何も決めない、決められない」ような仕組みがガッチリ出来上がっていて、天皇が自分の意志でああしようこうしようと言い出すことは、絶対にありえなかったのです。それをはじめたら「天皇は神聖にして犯すべからず」という大原則が崩れてしまうからです。だって、人間なら間違うことも失敗することもあるでしょう、でも天皇は絶対にまちがってはいけないからです。
だから天皇は、大臣たちが決めて奏上してくる事柄に「よろしい」と言うだけなんです。明治でも平成でも同じ、日本は、そういうふうにできています。

kur********さん

編集あり2012/11/2113:08:30

現在と同じです。

(現在)天皇が、内閣総理大臣を任命して、内閣総理大臣が政治を行う。
(江戸時代)天皇が、征夷大将軍を任命して、征夷大将軍が政治を行う。
(平安時代)天皇が、摂政を任命して、摂政が政治を行う。
(大和時代)天皇が、大臣(おおおみ)を任命して、大臣が政治を行う。

権力というのは、勢力や武力によって変化するので、天皇がその時代にもっとも力の強い人や一族を権力者に認定して、その人に政治を委ねるのが、日本の伝統です。
その権力者の選び方が、民主主義なのか、武力なのか、血縁なのかで、時代によって変わっただけです。

天皇は、日本国を建国した一族としての「権威」を持っていて、「権力」はその時代に応じて一番強い人に与えてたわけです。
権力というのは、失ったり潰されたりするものですから、天皇が直接権力を持つのではなく、権力者を任命して政治を行わせる方法は、国を持続させる知恵ですね。

天皇が直接権力を持っていたのは、前の権力者の力が弱まり、次の時代への変わり目だけでしょう。

kum********さん

2012/11/2109:53:22

天皇の仕事は宮中と府中です。

府中は国内政治で、これは朝廷に
まかせ、代ることが出来ない宮中、
つまり祈祷のみを行います。

時々、野心的な天皇(後白河、後醍醐など)
が出て政治にも口出ししましたが

この構造は鎌倉時代からつづいてきました

ama********さん

2012/11/2102:03:28

簡単に言えば群衆の組織図にみる身分の差別化です。株式会社日の本創始者にして現会長と新入社員程の隔たりを埋めたのが取締役代表(幕府)です。
それこそ神格化した時代もあれば民衆政治に関わった時代もあり、段階的に歴史事例が配置されていると言えます。

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