ここから本文です

エホバの証人「聖書の教え」から抜粋

bon********さん

2012/12/118:35:34

エホバの証人「聖書の教え」から抜粋

輸血禁止についての例文で説明を聞きました。
【医師があなたに、アルコール飲料を避ける事を指示します。その指示は単に、アルコールを飲んではいけないが、血管に注射するのは構わない、という意味なのでしょうか。もちろんそうではありません。同様に、血を避けるということは、どんな形であれ自分の体内に血を入れないという意味です。】

この説明に対してこの例文をどのように感じますか?

1、そもそもこの医師が指示した本来の目的はなんでしょう?
2、この例文だけで捉えると避ける=体内に入れる入れないになりますが、「避ける」という意味は体内に入れる入れないという定義だけでしょうか?この例文を持ち出して、輸血禁止にそのまま置き換える事にはあっぱれですが・・・。どのように感じますか?
3、アルコールと血を同じテーブルで説明していますが、どのように感じますか?
4、この例文を反対に捉えて見ました。
【医師があなたに、だいぶ、良くなってきましたので、少量であればアルコール飲料を飲んでも良いと指示します。その指示は、アルコールを少量であれば飲んでは良いが、血管に注射するのはいけないという意味なのでしょうか。もちろんそうではありません。】となってしまいます。エホバの証人は口から入れる事と血管から入れる事を同じ意味合いで「避ける」を示したかったと思われますが、あまりにも子供騙しの例文に感じてしまうのは私だけでしょうか?

補足yangmaskさん、作者の意図は輸血禁止を正当化するために引用しているので子供騙しにしかなりません。そもそも「避ける」と言う意味を「体内に入れる入れない」だけで引用するから可笑しくなります。迷路ゲームで例えれば、出口に組織の意図があり、本来は入口から入るところを最初から組織の道筋に到達できるよう出口から入口に導いて正しい理解と言いたいのでしょう。聖書も避けるを体内に入れる入れないについて触れていません。

閲覧数:
387
回答数:
6

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

sec********さん

編集あり2012/12/616:20:04

エホバの証人に対して、
そもそもまともな医師は輸血禁止でないのでアルコール飲料と比べるのはおかしい。
アルコール消毒はどうする?

この回答は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜5件/5件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

yangmaskさん

編集あり2012/12/715:26:22

例えを述べている作者の意図を正しく理解しなければなりません。

例えば、焼き鳥のたまねぎと鶏肉は全く異なっていますが、一本の串で貫かれていますね。皆さんの批判は、「たまねぎと鶏肉は全然違っているじゃないか」というもの、しかし、作者の意図はその「串」にあります。つまり、「共通項」です。

それで、作者は、結局、「口から入れるのも注射で血管から入れるのも全く同義」と言っているわけです。それは血液もアルコールも同じことだ、ということですよね。

イエスは盗人のように来ると聖書は言っています。果たして、イエスは盗人のような悪い人なのでしょうか?? いいえ、その例えの意図は「人々の予期しない時に来る」ということにありました。そこが「串」で「共通項」ですよね。

ベン図をご存知かと思いますが、二つの物事には、共通しているところと共通していないところがあるものです。「共通していないところ」を一生懸命指摘しても全く意味はありません。共通している部分こそが、作者の例えが意図するところなのでは? 上で述べたように、イエスと盗人という全く異なるものであっても、例えに用いることは可能です。ただし、その場合、識別力が必要にはなりますが。


補足:

>聖書も避けるを体内に入れる入れないについて触れていません

では、「血を避ける」と「血を(体内に)入れる」とを矛盾なく説明できますか?

ビス太さん

編集あり2012/12/411:48:51

交通課のおまわりさんのいう、「好通常の、法的な「酒」はアルコール1%からで、輸血も、一%未満ならよい、3rブラザー、よく酒の性質知ってるね、、、

ワシはタバコやめてる時、「このニコチンパッチ、おフクロに貼り付けてやろうか」と思ったことある。依存症に戻してやろうとした、、
依存症辛いね、3rブラザー、、、だから、ニコチンパッチも、タバコも、依存患者には、辛い代物です。ポルノ中毒も似てる、、、身体機能の、「中毒」なんだろうね、、アスピリン中になったこともある。ワシは依存体質で、中毒になりやすい、、

aco********さん

編集あり2012/12/809:10:28

アルコールの例えは問題ありですね。次のような例えを用いることだって可能です。

「神があなたに、人肉嗜食を避けることを指示したとします(洞察Ⅱ395ページ)。その指示は単に、人肉を食べてはいけないが、臓器として体内に移し入れることは構わない、という意味なのでしょうか。もちろんそうです。同様に、血を避けるといっても、どんな形であれ自分の体内に血を入れない、という意味ではありません。」


例えに求められるのは、分かりやすさだけではありません。
証明したい事柄と深い関連性がなければならないのです。
でなければ、「例えにおいてはそう言えるが、今考えている事柄は別問題だ」という結論にも至りかねません。



yangmaskさんの補足に回答します。

「血を避ける」が「血(に触れること)を避ける」とか「血(に近づくこと)を避ける」などを意味していないことは、モーセ律法の慣習を知っている人ならだれでも分かるはずです。
あくまでこれが意味するのは「血(を食べること)を避ける」です。

「血を食べはならない」という命令によって神が意図しておられるのは、「血を神聖なものとして扱わなければならない」ことです。

しかしこれではまだ不十分で、さらに神のお考えの本質に近づきたいなら、「血は生命を表すゆえに尊ぶのだ」という事実を考慮すべきです。

それで「血を神聖なものとして扱わなければならない」とはつまり「生命を尊ばなければならない」ということになります。

したがってyangmaskさんの質問は、正確には「生命を尊ぶこと」と「血を体内に入れること(=そのような医療)」を矛盾なく説明できますか?となります。

神が命令された動作だけを見る人には矛盾するでしょうけど、神がその命令によって本質的に願っておられることを見る人には矛盾しません。

三つあるさん

編集あり2012/12/301:20:58

》1、そもそもこの医師が指示した本来の目的はなんでしょう?
●アルコールがその人にとって“害”になるから、飲まなくても、★酔うために★血管に直接入れることは、同じように“害”となるから、してはいけません!
(血管に直接アルコールを入れるのは、“酔うため”ではないのかも知れないが、また現実には無いことなのかも知れないが、要点は[その患者にとってアルコールが“害”となる]と言うことだろう。)
〇血を食べることは、『血を避けるように』という重大な神のおきてを破る罪になるから、輸血も食べることと同じように★自分のために、少しの期間の命を支える為★だから、血をそのように『用いたり』『扱ったり』してはなりません。

●創造者である神が、[人の道]として、つまり道徳として、示したおきてなのです。
血は神にとって特別、つまり[神聖]にしたものなので、用い方・扱い方に『敬意』を払わねばならない!と、考えます。

………

●このたとえの紛れ易い点は、かたや依存症の患者にとって、飲むも血管注射も“害になる”点では同じだから、体内に取り込むことが問題になるけど、血は血抜きしても微量の血は体内に入る。
しかし、かたや“害になる”に対応するたとえの要件は、血の使用目的が関係する用い方・扱い方による誤用、神に対する重大な罪・不敬な行為になる。
ということです。

素直に受けとる人にとっては、分かり易いのだろうと思います。

しかし、『血を食べること』と『輸血をすること』が“同じ行為”と言っているんだ!と、受け取るとややこしいことになります。
このたとえは、“同じ結果”になることを言っています。(害になる・罪になる)

2012/12/123:53:12

こんばんわ。

1.書いてあるように、アルコール飲料を避ける事を指示します。

2.避けると言うことは、食する、体内に入れるはもってのほか、見るのもおぞましいと考えます。輸血禁止は、神の命令です。

3.あまりいい例ではないが、わかりやすい話だと、わたしは思う。

4.この例文にあまりかじりつくのは子供じみています。

無輸血手術―その益が評価される

イングランド王立外科大学は1996年に,「エホバの証人に対する外科医療規定」(Code of Practice for the Surgical Management of Jehovah’s Witnesses)と題する小冊子を発行しました。外科医たちはその小冊子の中で,「輸血に伴う危険を考えると,できる時にはいつでも代替処置について検討することが望ましい」と述べています。

アメリカ病院協会が出版する「AHAニュース」誌(英語)も,無輸血手術の益が評価されるようになった理由を説明しています。その週刊誌は次のように述べていました。「宗教的信条として始まったものが,現在では,医療上の好ましい選択,また先端的技術へと進展している。無輸血の医療や手術は,エホバの証人の教理によって促されたという面もあるが,今では一宗教社会の必要という枠を超え,国中の手術室に取り入れられている」。

タイム誌(英語)の1997年秋季特別号には,なぜ多くの医師が無輸血手術を奨励するかを扱う記事が掲載されました。「エイズへの恐れは理由の一つにすぎない」とその記事は述べています。同記事は特に,ニュージャージー州イングルウッドにある,イングルウッド病院ニュージャージー無輸血医療外科推進研究所でなされている事柄を取り上げました。
タイム誌は次のように述べています。「この研究所は,現在,無輸血手術を手がけている全米の50余りの施設の中でも指導的な立場にある。同研究所は,供血血液を全く使用せずに,普通なら輸血が行なわれるような外科手術を幅広く提供している。さらに,失血を劇的に抑える,もしくはほとんど無くす技術も差し伸べている」。

効果的で安全
タイム誌の記事の冒頭には,ヘンリー・ジャクソンの経験が取り上げられています。ジャクソンは大量の内出血のために血液の90%を失い,ヘモグロビン値は100㍉㍑あたり1.7㌘という生死にかかわるレベルに落ち込みました。ニュージャージー州の一病院は輸血なしでは治療できないと断わったため,ジャクソンはイングルウッド病院に移されました。
イングルウッドの施設では,アルエ・シャンダー医師による管理のもとで,ジャクソンに「鉄の補給剤やビタミン類を配合した高機能の調剤に加え,骨髄を刺激して赤血球の産生を促す合成エリスロポエチンという造血剤の“実効量”が投与」され,「最後に,輸液によって,わずかに残る血液の循環を促進する努力」がなされました。

タイム誌は数日後のことをこう伝えています。「最初の病院から電話があり,ジャクソンは死んだかと尋ねられた。シャンダーは満足げにこう答えた。『ジャクソンは死んでいないどころか,とても元気にしています。間もなく退院して,通常の仕事に戻れるでしょう』」。
1997年11月28日のあるテレビ・インタビューの中で,ニュージャージー州ニューアークにある大学病院の無輸血プログラムの診療部長エドウィン・ダイチ医師は,無輸血手術に関する研究がどのように進展してきたかについてこう説明しました。「エホバの証人は……血を用いずに手術をしてくれる医師を探すため,並々ならぬ努力を払った。そうした症例に関する研究で分かったことは,その経過が予想以上に良く,輸血を受けた人より良好だということだ」。

ダイチ医師はこうも述べました。「輸血は免疫機能を低下させ,術後感染の問題を引き起こす。ガンの再発の危険も増大する。それで,輸血はある状況下では有益だったが,有害な面もある」。ダイチ医師は無輸血手術に関する結論として,「患者の予後が改善されることは明らかだ。合併症が減り,費用も少なくてすむ。それで,無輸血手術はあらゆる状況で良い方法と言える」と述べました。
そのため,タイム誌が述べるとおり,「輸血よりも安全で効果的な選択肢を求める患者がますます増えて」います。同誌はさらにこう報告しています。「ある推定によると,米国における輸血の25%は不要である。また,幾つかの証拠が示しているように,患者は以前に考えられていたほど高いレベルのヘモグロビン値を耐容できず,特に若者たちは体内に組み込まれた血液の蓄えを持っている。……[シャンダー]は,輸血を控えることがほとんどの患者にとって実用的で望ましい選択であると確信している」。

輸血を通して病気にかかることは大きな危険となっていますが,ほかの点もあります。「冷却保存された貯蔵血液は,新鮮な血液に比べて酸素運搬能が落ちている」と,シャンダー医師は説明します。「我々は,輸血を施すときに何が起こるのかやっと分かりかけたところだ」。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる