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現在マルクスの共産党宣言のエッセイが課題になっていて、 (1)ブルジョアが高い生...

moh********さん

2013/1/1809:33:45

現在マルクスの共産党宣言のエッセイが課題になっていて、
(1)ブルジョアが高い生存率を求めれば求めるほどプロレタリアートの数が増し、団結する

(2)プロレタリアートが反発するとブルジョアが困る理由は、プロレタリアートが資本主義の発展を担う労働減であるから

まではわかったのですが、教授に下書きをもって行ったところ
”あと2点ばかり加えてほしい”と言われました。
その2点というのは、1章にある

”概して、古い社会の階級間の衝突は、さまざまなやり方で、プロレタリアートの発展の進行を促進します。ブルジョワジーは自分たちが、絶えず続く戦闘に巻き込まれているのに気がつきます。最初は貴族政治と、後には、工業の進歩と利害が相反しているブルジョワジー自身の一部と、そして常時、外国のブルジョワジーと戦闘しているのです。こういう戦闘のすべてで、ブルジョワジーはプロレタリアートに訴えかけて、その助力を求めざるをえないのですが、そうやってプロレタリアートを政治の闘技場へとひきずり込むのです。だからブルジョワジー自身がプロレタリアートに、自分たちの政治的また一般的な教育の諸要素を供給し、要するに、プロレタリアートにブルジョワジーと闘う武器を提供するのです。”
という文の最後の
”政治的”と”教育”という2つのワードについて説明しろということです。

教授いわく、ブルジョアは”政治的に”プロレタリアートの助けだ必要らしく、
さらに”教育”をすることによって資本主義をキープしようと試みるらしいのですが、
なかなかこの2つの言葉がなにを意味するかわかりません。

”政治”と”教育”の2つの言葉がどうして重要であり、どのように
上で述べた(1)と(2)と繋がるのか教えていただけたら嬉しいです!!

よろしくお願いします!

補足neo_sarayaさん、
政治があらゆる活動を保証するものであることはわかったのですが、
具体的にブロジョアはどういう方法でプロレタリアートに”政治的に”助けを求め、
それが結果的にプロレタリアートに有利な武器となるのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

neo********さん

編集あり2013/1/2019:19:59

1・「”政治的”と”教育”という2つのワードについて説明しろ」

2・「2つの言葉がなにを意味するかわかりません」

3・「”政治”と”教育”の2つの言葉がどうして重要であり、どのように上で述べた(1)と(2)と繋がるのか」

1・「”政治的”と”教育”という2つのワードについて説明しろ」について

これは,「1章」の引用文では,「自分たちの政治的また一般的な教育の諸要素」とあります.
まず,引用文の「自分たち」とは誰を指しているのでしょうか?これは,「ブルジョワジー自身」のことですネ.
つまり,2つのワードをそれぞれ「ブルジョワジー自身」の立場から説明する必要がありますネ.

2・「2つの言葉がなにを意味するかわかりません」について

では,2つのワードの具体的内容はどういったものでしょうか?
引用文の対応で考えると,「政治的」は「最初は貴族政治」の部分,「教育」は「工業の進歩と利害~」の部分と
対応しているように思います(これは私の解釈ですが‥).つまり,ブルジョワジーが「古い社会の階級間の衝突」によって
獲得してきた,「政治的また一般的な教育の諸要素」の「政治的」「教育」の内容を説明すればいいことになります.

3・「”政治”と”教育”の2つの言葉がどうして重要であり、どのように上で述べた(1)と(2)と繋がるのか」について

1・2のことを踏まえると,「政治」はあらゆる活動を保証するもの,「教育」はあらゆる〈実際の経済活動〉や〈実際の政治活動〉
を保証するものとして,ブルジョワジーは認識しているように思います.(1)と(2)の繋がりとして

(1)は,プロレタリアートの団結 (2)はプロレタリアートが資本主義の発展を担うこと と関連しているので

(1)の前提として,「政治」=あらゆる活動を保証するもの
(1)・(2)の前提として,「教育」=あらゆる〈実際の経済活動〉や〈実際の政治活動〉を保証するもの

があるように思います.

あなたの指導教授の「ブルジョアは”政治的に”プロレタリアートの助けが必要」「 ”教育”をすることによって資本主義をキープしようと試みる」ということばは,以上のことから説明できるように思います.

(補足への回答)
・「具体的にブロジョアはどういう方法でプロレタリアートに”政治的に”助けを求めるのか?」について

引用文内の「政治的」というワードは,ブルジョワ対ブルジョワの構図の中で使われています.
また,引用文の「その助力を求めざるをえない」とは,プロレタリアートの政治的な力に助けを求める
という意味ではなく,回答で示した〈実際の経済活動〉をするプロレタリアートの助けを求めるという意味です.

ここで注意したいことは,プロレタリアートの〈実際の経済活動〉は,文字通りの〈実際の経済活動〉以外の意味は
ありません.つまり,ブルジョワにとっては,そもそも政治的な力はすべて自分たちの手の中にあるから,「プロレタリアート
の政治的な力に助けを求める」ことは必要ありませんし,それゆえプロレタリアートに政治的な力なんかありません.

しかし,ブルジョワジーは〈実際の経済活動〉をするプロレタリアートがいなければ,ブルジョワ対ブルジョワの
構図の中の政治的対立には勝てません.だから,プロレタリアートを“ブルジョワジー”の「政治の闘技場へ
とひきずり込むのです」.ブルジョワにとって欲しいのは,プロレタリアートの〈実際の経済活動〉です.

したがって,ここでは「具体的にどんな方法か?」は,問題になりません.なぜなら,プロレタリアートはブルジョワに寄生しないと
生きていけない一方で,ブルジョワジーはブルジョワ対ブルジョワの構図の中の政治的対立には勝つには,大量のプロレタリアートを必要とするからです.つまり,当時の社会状況下では,ブルジョワジーにもプロレタリアートにも選択肢はないということです.

「それが結果的にプロレタリアートに有利な武器となるのでしょうか?」について

「それが結果的にプロレタリアートに有利な武器となる」のは,ブルジョワジー対プロレタリアートの構図の中においてです.
引用文には,「プロレタリアートの発展の進行」ということばがあります.つまりプロレタリアートは闘争の過程で武器として
利用できるものはなんでもプロレタリアートの有利な武器にするということです.
プロレタリアートにとって,「何が武器であるか」ではなくて,「何を武器にするか」です.

(補足への回答-追加)
1章の記述は,ブルジョワジーについての歴史的な素描ですから,マルクスも厳密な説明は与えていないはずです.ちなみに,補足への回答で言及した「プロレタリアートにとって,『何が武器であるか』 ではなくて『何を武器にするか』」の例としては,共産党宣言の文面の「労働者の特定の利害を法的に承認するよう迫ります。こうしてイギリスでは十時間労働法が実施されたのです」があたるようにおもいます.

質問した人からのコメント

2013/1/21 12:18:41

お二方共、回答ありがとうございました。どちらもとてもためになる回答でしたが、今回は”政治”と”教養”の両方答えてくださったneo_sarayaさんに決めさせていただきます。本当にありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

ten********さん

編集あり2013/1/2003:33:01

(直しました)

ご指摘の部分より前に、マルクス・エンゲルスは、「プロレタリアートは様々な発展段階を通過していきます」として、プロレタリアートの運動がどういうふうに発展してくのかを、歴史的にふりかえっています。

そこでマルクス・エンゲルスが書いているように、はじめは、「労働者はまだ全国に散らばったまとまりのない集団をなしているだけで、お互いの競争で分裂してしまいます」として、労働者は独自の政党をもちませんでした。

しかし、ブルジョアジーが封建貴族や他のブルジョアジーとの闘争をする都合から、労働者を政治闘争に引き入れるようになってきます。たとえば、マルクスが『資本論』などで言及していることですが、19世紀のはじめにイギリスで穀物法がつくられたとき、国内の農業を犠牲にして、外国の安い穀物を輸入することをブルジョアジーが推進しました。反対したのは、国内農業の担い手であった地主階級でした。この闘争に勝利するために、ブルジョアジーは労働者階級を味方につけようとします。ブルジョアジーは、地主の争いに労働者階級を引き込むために、労働時間制限法(工場法)を認めるのです。これが、ご指摘の部分より、少し前に書いてあることです。

プロレタリアートは、未組織の、バラバラの存在でしたが、ブルジョアジーが彼らを政治闘争に引き入れることで、政治的に組織されはじめます。こうして、プロレタリアートは独自の政党をもつようになります。ご指摘の箇所のすぐ前に、「プロレタリアを階級へと組織化し、結果として政党へと組織化する」とあるとおりです。

これが政治的・一般的な教育の諸要素を与える、という意味です。

しかし、質問者に課題を出した先生が「”教育”をすることによって資本主義をキープしようと試みる」という趣旨は、少なくとも『共産党宣言』第1章の中には出てきません。

もし、それをマルクス・エンゲルスの『共産党宣言』の中の考えとして推察するなら、『共産党宣言』の2〜3章以降にある、プロレタリアートの中で様々な思想的流派が生じ、それらの多くはブルジョア支配を打倒するのではなくその支配の強化にむしろ役立つ、もしくは人畜無害な運動である場合があるので、ブルジョアが自分たちの支配の維持のために、それを利用する……という意味かもしれません。

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