数理論理学(記号論理学)は哲学的な問題は扱うのでしょうか?

哲学、倫理3,525閲覧

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wikiはど素人が書いてるから、網羅されているわけでもないし、 うまく区分けされているわけでもない。 (いや、wikiなのかどうか知らんけど) 論理学は、どこの大学でも、 「希望者が受講する授業のひとつ」に過ぎません。 哲学科の必修科目でもないし、 数学科でも別に受講しない。 論理学っつうのは、きみが思うような重要な学問じゃないの。 中世ヨーロッパなどで、 学問大系もまだまだ未熟だった時代に、 ガキどもを躾けるために重視していただけ。 別にデカルトを読むのに、三段論法の知識も必要ない。 哲学に必要なのは「じっくり考える力」であり、 「論理学の知識」などではない。 きみは落ち着いて、知識を性急に求めるのではなく、 自分で考えるべきでしょう。

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数理論理学(記号論理学)の対象は数学ってよりも数学基礎論だよ。メタマティマテックス。メタフィジックスのメタとおんなじ使い方ね。手法は数学だけど対象は数学じゃない。集合論あたりとは一部かぶってっかな。 で、記号論理は形式論理で、古典論理と非古典論理にに分けられる。主流が古典論理で真偽を明確にする二値論理。この中には初期の直観主義論理も含まれるが、そこから発展した多値論理としての様相論理や量子力学のための量子論理などがあるんだ。 で、記号論理は命題論理から出発して述語論理を学び、その上で現代のさまざまな論理学に連なっていく。 一方演繹論理と帰納論理ってわけかたは論理学の内部での分け方じゃなくって、哲学で論理(論証)を扱うときの話。また、弁証法論理も(記号)論理学の対象じゃない。ヘーゲルの論理学や小論理学は(現代)論理学の対象じゃない。因明も同様ね。 非形式論理は記号論理の手法を使わずに述語論理あたりまでをアリストテレスの手法によってまとめたものじゃないかな。哲学で用いる論理は実際のところこの程度で十分なんだ。誤謬推論をしないためのスキルね。 矛盾許容論理になると、もはや論理学の範囲から飛び出しちゃうんじゃないの?因明もいってみりゃそんなもんだけどね(*^^*)

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記号論理学はモロ科学です。どっちかと言うと数学の一種だと思った方がいいです。 で、哲学的な問題は扱うかどうかとういうと、扱います。 例えば「砂山のパラドクス」砂山から砂を一粒取ってもやはり砂山であるなら、一個一個取っていって最後は全部なくなってもやはり砂山である?というもの。このパラドクスを回避するために「多値論理」とかが用いられます。あと、ラッセルのパラドクスとクラス理論は数理論理学では外せない話ですね。僕は基礎しか知らないので、現代論理学において他にどのくらいパラドクスが登場するのかはよく知りませんが。 記号論理学は科学なので、神の存在とか、生きる意味とか、美とは何かとか、そういうものは一切扱いません。 一方、哲学における論理ですが 哲学は科学ではないので、ぶっちゃけ言ってしまうと必ずしもそんなに厳密に論理を扱っていない(笑)。というか、論理をそこまで厳密に記号化していく手法ってフレーゲとかラッセルとかがやり始めたことで歴史的には最近のことかと思います。だからカントにせよデカルトにせよ、「A∧¬B」みたいな論理記号は一切登場しないし、記号論理学に一切触れずに哲学科を卒業することも余裕でできます。 ひとまずデカルトの方法序説とか、ライプニッツの単子論、ラッセルの哲学入門、プラトンのメノンあたりを読んでみてはどうでしょう。短いし読みやすいので哲学ってこんな感じかというのが掴めるのでは。 なお、二値論理、多値論理、様相論理、量子論理は明らかに論理学オンリーですね。 演繹と帰納の違いを理解することは哲学においては必須です。 弁証法はプラトン、ヘーゲル、マルクスを勉強する場合に扱います。 基本的には、それら列挙された○○論理について意識しなくても、哲学の勉強はできます。

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