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散文詩

ten********さん

2007/2/1711:11:08

散文詩

とはどのような詩なのですか?

散文の意味もわかりません・・・

簡単にでいいのでお願いします。

願わくば具体例も・・・w

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ka0********さん

2007/2/1711:41:29

散文、つまり普通の文章の形で書いた詩のことです。
散文に対し、詩であることが明らかにわかるような文体、技巧、表現法などを用いた文章
のことを韻文といいます。散文と韻文は対義語の関係にあります。
詩は、普通、韻文で書かれます。
詩には、定型詩と自由詩があります。五七調や七五調といった決まった音律に従ったものは
もちろん韻文で、すぐにわかりやすいのですが、自由詩の場合は、散文詩との違いは表面上
あまり目立ちません。
内容や、作品の主題という面を考えると、散文詩と短編小説の本質的な違いはどこにあるのか、
などといった難しい問題も出てきます。
ただ、次のようなことはいえます。
①韻文の詩は、行の途中で言葉を終え、改行して改めて言葉を続けることが多い。
②韻文の詩は、内容のまとまり(連)を一行空きによって示すことが多い。
③韻文の詩は、倒置法や体言止めなどの表現技法が多用される。

例えば、

雪が降っている
私の心に。
しんしんと
音もなく
だけど北国に
本物の雪は降らない。

これは韻文詩で、

雪がしんしんと音もなく私の心に降っている。だけど北国に本物の雪は降っていない。

とすれば散文詩になります。なお、散文詩の場合、普通の文章のように初めにひとますを空けたり、段落ごとに改行し、さらにその続きをひとます空けて書いたりすることがあります。

上の例は、著作権の問題があるので、わたしがごじゃっぺを作りましたが、下は著作権が切れた、きちんとした散文詩の例です。

即興詩人(冒頭抜粋) アンデルセン作 森鴎外訳 「青空文庫」より

 わが最初の境界

 羅馬《ロオマ》に往きしことある人はピアツツア、バルベリイニ[#「ピアツツア、バルベリイニ」に二重傍線]を知りたるべし。こは貝殼持てるトリイトン[#「トリイトン」に傍線]の神の像に造り做《な》したる、美しき噴井《ふんせい》ある、大なる廣こうぢの名なり。貝殼よりは水湧き出でゝその高さ數尺に及べり。羅馬に往きしことなき人もかの廣こうぢのさまをば銅板畫にて見つることあらむ。かゝる畫にはヰア、フエリチエ[#「ヰア、フエリチエ」に二重傍線]の角なる家の見えぬこそ恨なれ。わがいふ家の石垣よりのぞきたる三條の樋《ひ》の口は水を吐きて石盤に入らしむ。この家はわがためには尋常《よのつね》ならぬおもしろ味あり。そをいかにといふにわれはこの家にて生れぬ。首《かうべ》を囘《めぐら》してわが穉《をさな》かりける程の事をおもへば、目もくるめくばかりいろ/\なる記念の多きことよ。我はいづこより語り始めむかと心迷ひて爲《せ》むすべを知らず。又我世の傳奇《ドラマ》の全局を見わたせば、われはいよ/\これを寫す手段に苦《くるし》めり。いかなる事をか緊要ならずとして棄て置くべき。いかなる事をか全畫圖をおもひ浮べしめむために殊更に數へ擧ぐべき。わがためには面白きことも外人《よそびと》のためには何の興もなきものあらむ。われは我世のおほいなる穉物語《をさなものがたり》をありのまゝに僞り飾ることなくして語らむとす。されどわれは人の意を迎へて自ら喜ぶ性《さが》のこゝにもまぎれ入らむことを恐る。この性は早くもわが穉き時に、畠の中なる雜草の如く萌え出でゝ、やうやく聖經に見えたる芥子《かいし》の如く高く空に向ひて長じ、つひには一株の大木となりて、そが枝の間にわが七情は巣食ひたり。わが最初の記念の一つは既にその芽生《めばえ》を見せたり。おもふにわれは最早六つになりし時の事ならむ。われはおのれより穉き子供二三人と向ひなる尖帽僧《カツプチノオ》の寺の前にて遊びき。寺の扉には小《ちひさ》き眞鍮の十字架を打ち付けたりき。その處はおほよそ扉の中程にてわれは僅に手をさし伸べてこれに達することを得き。母上は我を伴ひてかの扉の前を過ぐるごとに、必ずわれを掻き抱きてかの十字架に接吻せしめ給ひき。あるときわれ又子供と遊びたりしに、甚だ穉《をさな》き一人がいふやう。いかなれば耶蘇《やそ》の穉子は一たびもこの群に來て、われ等と共に遊ばざるといひき。われさかしく答ふるやう。むべなり、耶蘇の穉子は十字架にかゝりたればといひき。さてわれ等は十字架の下にゆきぬ。かしこには何物も見えざりしかど、われ等は猶母に教へられし如く耶蘇に接吻せむとおもひき。さるを我等が口はかしこに屆くべきならねば、我等はかはる/″\抱き上げて接吻せしめき。一人の子のさし上げられて僅に唇を尖らせたるを、抱いたる子力足らねば落しつ。この時母上通りかゝり給へり。この遊のさまを見て立ち住《と》まり、指組みあはせて宣《のたま》ふやう。汝等はまことの天使なり。さて汝はといひさして、母上はわれに接吻し給ひ、汝はわが天使なりといひ給ひき。

質問した人からのコメント

2007/2/17 11:49:50

感謝 非常に丁寧な説明をありがとうございます。

正直ここまでクォリティの高い回答が得れるとは思いませんでした。

この知識を後学の為に活かしたいとおもいます。
ほんとうにありがとうございました。

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