ここから本文です

吉田拓郎さんの「永遠の嘘をついてくれ」の歌詞の意味がさっぱり分からないんです...

fly********さん

2013/7/1200:04:45

吉田拓郎さんの「永遠の嘘をついてくれ」の歌詞の意味がさっぱり分からないんですが、どなたか、解説していただけないでしょうか。

閲覧数:
95,762
回答数:
2
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

kin********さん

編集あり2013/7/1503:55:22

【長文になります】

【前書き】
この曲は、中島みゆきが吉田拓郎に対して贈った「強烈なメッセージ」であり
激烈な「ラブレター」だとも言われています。

初期の吉田拓郎の歌は「メッセージソング」と言われるものが多く
そのメッセージで多くの若者に影響を与え意識を変えました。

それらのメッセージに強烈に影響された一人の帯広の高校生(当時)が
中島みゆきなのです。

その後の吉田拓郎はマスコミなどで発信したメッセージの意味を尋ねられたら
「ああ、あれは全部ウソだよ!」などと平然と言ったりしています。

正確に理解するには
【みゆきさんと拓郎の関係】【曲が誕生したエピソード】【拓郎世代のジレンマ】
を理解するとよいと思います(ご存知かとも思いますので簡略して書きます)

【中島みゆきと吉田拓郎の関係】
中島みゆきにとって70年代の吉田拓郎は「カリスマ」であり
学生時代はミニスカートをはいて拓郎の楽屋に押しかけていた・・との話も。
吉田拓郎を追いかけてデビューしたと言うのは有名な話で
中島みゆきはデビュー当時には「女拓郎」と呼ばれていた。

【誕生エピソード】
時代の先頭を突っ走ってきた(?)拓郎も50才手前くらいで
全く曲が書けなくなり、一説によると引退を考えていたと言われています。
そこで自分の最後の曲として中島みゆきに曲の提供を依頼した、と言われています。

当然、中島みゆきからは散々と説教をされて
「最後の曲じゃないのなら書きます」との了承を受けて
提供されたのがこの「永遠の嘘をついてくれ」なのです。

中島みゆきの凄まじい表現力を全力で注いだ曲だと思います。
字余りの歌詞、言葉使いとシャッフルの曲調は「これでもか!」
と言わんばかりに70年代初頭の吉田拓郎の曲作りの手法を取っていますね。
(もちろん、敢えてそうしたのも吉田拓郎へのメッセージのひとつだと思います)

【拓郎世代(団塊)のジレンマ】
団塊の世代と言えば、70年安保・安田講堂事件に象徴されるように
「アメリカ型の商業主義」に乗って行こうとするオトナを中心としたグループと
それを否定して「中国的な共産革命を夢見る若者たち」が
全面対決した世代です。

実際は多くの同世代の若者は、「革命の理想は解るが、実現できるか・・」
とジレンマを持っていたと言われています。

吉田拓郎が最初に出した自費作成のレコードは「学生運動の資金集め目的」であり
この様な学生運動の「時代のエネルギー」の中からデビューしたと言うのは
否定できない事実です。
(吉田拓郎には主義主張はなかったようですが・・)

【歌詞に出て来る地名の象徴について】
それぞれの地名だけでは理解できませんが、上記の「拓郎世代の時代背景」
を鑑みてみると
「NYC」「成田」「上海」と3つの地名を出す事で全ての地名に象徴を持たせています。

【ニューヨーク】
資本主義の中心地であり、激しい国内闘争の末に70年安保を締結した
「日本が選択してしまった」アメリカ的商業主義の象徴です。

また、中島みゆきがデビューした時には既に
吉田拓郎は商業的に大成功していたので
「ニューヨーク=すでに商業的に大成功した拓郎≒拓郎のいる東京」
の象徴ではないかとも思います。

【成田】
拓郎世代の【革命家】と言われた人たちが
最後に国内で大きな行動を起こした場所ですね(成田闘争)。
地名を続けて出す事で、現在ではニューヨークに行くには成田から飛行機で行く。。
という時代的な皮肉も含んでいます。

【上海】
共産革命を成し遂げた中国最大の都市で、革命の象徴ですね。
共産革命を夢見た若者たちの一部(過激派)は最終的に日本に居られなくなり
それでも革命を夢見て中国に渡ったと言われています。

2番の歌詞は「理想を追い続けたかつての若者」が異国の大都会の片隅で
死期を悟っているにもかかわらず代筆で精一杯のやせ我慢をしている・・」
情景だと思います。

NYと上海とは拓郎世代の中で「アメリカに乗って成功した者」と
「夢破れて異国で散って逝った者」の両極性を象徴しているものと思います。
「理想を追うグループ」に押し上げられてデビューし
その後成功した拓郎にとっては辛辣な比喩であろうと思われます。

【NYは粉雪の中らしい・・・決して行けない場所でもないだろうNYくらい・・】
ニューヨークに行くには友人から金を借りまくれば簡単に行ける・・
逆に言えば「借金しなければ行けない」と言っていますので
中島みゆきが「借金しなければ行けなかった」70年代を示し
歌詞の最初の一節で「歌の時代背景」と「時代の変遷」を表現していると思います。

先ずは「軽くジャブ」で吉田拓郎に対して
どんな風にしてあなたがデビューして「よしだたくろう」になったのか思いだせ!
と言っている風に感じます。

とても長くなりそうなので、止めます。
上記の時代背景等をご覧になれば
後はすぐにご理解(感じ取る)ことが出来るかと思います。

【歌詞全体のメッセージとしては】
「前書き」に記述した「メッセージはウソ」という拓郎の発言を受けて
【ウソなら嘘で構わない、それならば永遠にウソをつき続けてくれ
永遠に吉田拓郎は吉田拓郎であってくれ、決して弱音を吐かないで欲しい】
という、中島みゆきのメッセージだと思います。

もちろん、一般的な歌詞としても
【男は一生男であってほしい・・】と言うメッセージでもあると思います。

この曲を提供されて一年後(?)には、メッセージが効いたのか??
TV番組「ラブラブあいしてる」などで「新・吉田拓郎」を披露し
数十年ぶりにオリコン上位を取ってツアーも再開していますね。

終わりまで読んでいただきありがとうございました。。

質問した人からのコメント

2013/7/18 18:38:24

驚く ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

tmk********さん

編集あり2013/7/1521:01:43

>>意味がさっぱり分からない。
それはこの曲の完成度がいまひとつだからです。歌を聴くのに、聴き手が、曲が作られた時代背景だの、ニューヨークや上海に込めた暗喩を考えたり、あれこれ補完しなければならないって…それは不自然です(決して他の質問者様が間違っているという積りはありません)。
いい歌というのは、そんなことを考えなくても心に響いてくるものだと思います。だからこそ、中島みゆき嬢にはタイアップ無し・テレビ出演無しでもあまたの名曲があるのですから。
じゃあなんでこの曲がいま一つなのかというと、みゆき嬢がこの歌にこめた拓郎へのメッセージやラブレターの度合いが強すぎる・客観性が弱く、詞が未整理だからだと思います。みゆき嬢は、拓郎がレコーディングに発つ直前の締切ぎりぎりに持ってきたのも、(それだけいいものを作りたかったとも言えますが)未整理だったせいとも言えます。
曲作りを頼んだ拓郎も、みゆき嬢がこの曲に込めた思いを理解し受け止めつつも、それを自分としてどう歌えばいいのか戸惑ったんだと思います。なので拓郎ひとりで歌うバージョンは弱いです。
拓郎とみゆきの思いが合わさり化学反応を起こしたつま恋2007での二人のセッションがなければ、この曲は「ニューヨークだの上海だの訳わかんねえけど、なんか気になる曲」で終わったかもしれません。

みゆき嬢の思いは分かるんだけど、消化不良気味の仕上がりだから、歌詞の意味がわからくても仕方のない、いまひとつだけど気になる曲です、っていうのが、自分の解説です。

あわせて知りたい

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる