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カントのいう生得的な「形式」(時間・空間)などの直観がア・プリオリで普遍であ...

kwm********さん

2013/9/413:24:19

カントのいう生得的な「形式」(時間・空間)などの直観がア・プリオリで普遍であるとすると、同じくア・プリオリで普遍的なとされる悟性の「形式」に感情(愛、憎悪、嫉妬)は含まれるのでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2013/9/614:32:02

悟性のカテゴリーは量・質・関係・様相の四つで、量は単一性・数多性・全体性、質は事象内容性・否定性・制限性、関係は実体と属性、原因と結果、相互作用、様相は可能性・現実性・必然性で、そのカテゴリーの中に感情(愛・憎悪・嫉妬)は含まれていません。
そもそもカントの「純粋理性批判」は認識論であって、感情は認識論上の問題ではないから、論じないのです。
感情というのは外界にあるものでなく、内的な体験でしょ?
デカルトが「われ思う」という思考、内的体験は絶対に疑うことの出来ない、確実性があるといったのと同じように私の感情も思考と同じように絶対に疑うことの出来ない確実性があります。
そして認識には間違いということがあるけど、内的体験は間違いの可能性がありません。
そして、間違いの可能性のある認識は人間にとって知識になるけど、内的体験は間違いの可能性がないから、間違いの可能性のないものは知識ではありません。
だって、私が愛していると思っているのに同時に愛していないとはいえないでしょ?
同様に、私が憎悪しているのに憎悪していないとはいえないし、私が嫉妬しているのに嫉妬していないとはいえません。
そして感情は知識ではないから、認識論の範疇に入らないし、もし入るとしたらカントの第三批判「判断力批判」で扱うテーマです。
つまり美的判断力というのは、感性と悟性の統一だから、人間の内的な感情と外的な対象との総合です。
外的対象というのはただの物体だから、そこに美はありません。
美というのは人間の内的感情を物体に投影して、それと総合することです。

質問した人からのコメント

2013/9/6 18:06:52

降参 説明していただかなければ分からないことでした。感謝しております。

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