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▽江戸時代268年間、総人口約3000万人中、武士の割合は何%で何人ぐらい だ...

lw4********さん

2013/10/1710:10:15

▽江戸時代268年間、総人口約3000万人中、武士の割合は何%で何人ぐらい
だったかわかりますか?昨晩、1%で約30万人いて江戸300藩というから1藩に
1000人ぐらいだったのではないかと推量していたの

ですが、ネットで検索すると、7%で210万人(1藩あたり武士7000人)だったという説もあるようです。また農・工・商はそれぞれ何%で何人ぐらいだったのでしょうか?分かる方、教えて下さい。ご親切なご回答が賜れればまことに幸いに存じます。
宜しくお願い致します。

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ytj********さん

編集あり2013/10/2315:37:05

明治3年頃に明治新政府が各府県に集めさせた統計(『統計集誌』収録)によると、当時の日本の身分別人口は:

皇族 28人
華族 2251人 (0.01%)
士族 109万4890人 (3.64%)
卒 83万0707人 (2.76%)
神職 14万6950人 (0.49%)
僧尼 22万7448人 (0.76%)
平民 2726万5638人 (90.62%)
穢多 44万3093人 (1.47%)
非人 7万7358人 (0.26%)
合計 3008万9429人 (死刑1066人を除く)

以上より、武士の割合は華士卒族の合計192万7848人、約6.4%となります。もっともこれは東北諸藩・旧幕府で大量の解雇者が出た(例えば仙台藩には総人口の22%を占める17万2千人の士分がいたが、戊申戦争後に陪臣など12万6千人を平民に格下げした)後の数字ですので、実際にはこれよりも少し多い220万人以上、7%ぐらいが武士とみなされる人口でしょう。

ただしこれらは女子供を含んだ人口です。族禄処分禄の対象となった人数は明治14年の時点で39万5072人(『明治前期財政経済史料集成』収録)です。これに戊申戦争後の解雇分を加え、成人男性としての武士の人口は45万人ぐらい、総人口の約1.5%ぐらいでしょう。

ただこれらの議論で忘れてならないのは「武士」の定義が曖昧なことです。たとえば加賀藩の場合士族2万8683人(2.6%)、卒族2万7038人(2.5%)は最終的に士族になれましたが、中間・小者5938人(0.5%)は平民に格下げとなってます。また秋田久保田藩の場合、嘉永2年(1849年)の時点では、総人口37万2154人中3万6453人 (9.8%)が諸士扱いですが、明治3年の段階では総人口41万2647人中、華士卒族は2万8138人(6.8%)で、3%前後の人口が平民に格下げです。平民に格下げとなったのは、陪臣、臨時雇いの下級武士、あるいは刀を振ったこともない武家奉公人などで、こういった人口まで武士に含めてしまうと、武士の人口は総人口の10%まで増えることになります。

>また農・工・商はそれぞれ何%で何人ぐらいだったのでしょうか?

壬申戸籍で明治政府が報告させた明治6年の職業別人口(15歳以上の有職者および15歳未満の戸主)では

農 1520万6938人 (79.21%)
工 67万1692人 (3.50%)
商 126万7401人 (6.60%)
雑業 175万1301人 (9.12%)
雇人 30万0414人 (1.56%)
合計 1919万7746人

とありますので、あえて分類するのなら、農79.2%、工3.5%、商6.6%、その他10.7%。
上の明治3年の統計と合わせると、士約7%、農約80%(漁・猟・鉱等を含む)、工3.5%、商6.6%、寺社1.3%、穢多非人1.7%ぐらいの比率になります。

実際には江戸時代では町方か郡方かという居住地による区分の方が重要ですし、ほとんどの藩では農工商という身分は存在しません。工・商の合計は明治政府による統計基準だと合計10%ぐらいですが、町方に限定してしまうと合計6%ぐらいに減ります。

各藩の武士の具体的な数字については、例えば『藩制一覧』などに載っています。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1272319/84

【追記】江戸幕府はキリシタン排除を主な目的として宗門人別改を導入したお陰で、各藩はある程度正確な人口を把握できるようになります。そして徳川吉宗の時代より、日本の総人口の調査が始まります。しかしながら幕府は天領・各藩の武家・武家奉公人を除く領民の人口のみを報告させたため、全国レベルでの武家人口の統計は存在しませんし、調査方法も各藩バラバラな基準です。

全国レベルでの族籍別人口、農工商の職業統計などは、明治初期に明治政府が全国画一化した基準を導入しようとした結果のものですので、逆算により幕末の職業比率が辛うじて分かる程度のものです。

質問した人からのコメント

2013/10/23 19:42:08

成功 ▽ytjulius様、長文のご親切なご回答まことに有難う御座居ました。武士が約7%、お百姓さんが約80%だったのですね。勉強になりました。べスアン100枚にて厚く御礼申し上げます。他の皆様方もご回答有難う御座居ました。感謝致します。(o^~^o)

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aud********さん

2013/10/1812:40:41

5パーセントぐらいといわれていますので、我が家は元士族だというやつにかぎって、百姓だったりします。

mug********さん

編集あり2013/10/1812:53:34

江戸時代の身分別人口は↓
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/7860.html

武士が6.4%、農工商が90.6% 農:商工=8:1 商:工=2:1
この数値は享保年間から人口統計調査をやっているので信憑性はあります。

min********さん

2013/10/1710:18:14

わたしも5から7%くらいではないkとおもいます。
家族も計算に入れなきゃ!

まあ6人家族で主君に仕えて勤務する「当主」が一人、と仮定すると210万の6分の一として35万人。家族が175万人というところでしょうね。

のうみんが75%からそれ以上の大半を占めていたはずです。

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