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大戦中、日本に飛来したB29の撃墜数が、全機数の15%に上るとウイキペディアに書い...

mik********さん

2013/11/1307:23:36

大戦中、日本に飛来したB29の撃墜数が、全機数の15%に上るとウイキペディアに書いてました。
その数、実に700機。私が思ってたよりずっと多かったです。

無論、戦闘機による迎撃と対空砲火によるものでしょうが、その内訳は大体わかっているのでしょうか?
それと、B29は高度1万メートルの高度飛行が可能ですよね。それを撃墜するのは、日本の戦闘機でも高射砲でも、ほぼ不可能だったと思います。
撃墜されたB29の殆どは低空飛行の時にやられたんじゃないでしょうか?
また、B29を撃墜する為の具体的な戦術、戦法といったものを日本軍は考案していたんでしょうか?

ばらばら書きましたが、?の点にお詳しい方、教えてください。

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わっかさん

2013/11/1310:14:16

米軍の記録によれば、延べ出撃数33000機。うち、事故を含め喪失したものが485機。損失率は1.5%だったはずです。
一桁間違えていると思いますよ。なお損傷機は2707機といわれそのうち2/3が対空砲火、1/3が航空機によるものとされています。
日本の迎撃による損失の増大は、東京大空襲以降の低空での単機ごとの侵入による焼夷弾を用いた都市無差別爆撃以降増加します。しかしその一方で、その直後から硫黄島を基地とするP51による護衛が、昼間爆撃にはつくようになったため、この時間帯の航空機による迎撃はきわめて困難になったようです。また初期の北九州方面および東京、大坂・神戸、名古屋方面以外には、まともな防空の機材や施設が完備されていないため、喪失機の相当な部分は、戦闘によるものより、故障などによるものだったようです。B29は、新鋭機でしたが、それゆえに故障の多い機体だったようです。
東京大空襲以前の日中の高高度精密爆撃が行われていた時期には、B29の進入高度は8000mを超え、機械式の過給システムしか持たない日本の戦闘機はなかなかその高度に到達できず、また攻撃もかろうじて一航過のみしかできず、通所の戦闘では邀撃できないため、一部の戦闘機は無線や装甲、さらに機関銃まですべて降して重量軽減を図り、「無抵抗機」となって、体当たりによる撃墜をねらったりもしたようです。「はがくれ隊」「震天制空隊」が有名ですね。この方法による撃墜もあったようです。また海軍で開発された斜銃をもちいて、直線水平飛行を行いながら敵を射撃するという方法も効果を上げたようです。気圧の低下のために出力が極端に不足している日本の戦闘機は、旋回などの機動を行うと、一気に高度を失ってしまいますのでね。
東京大空襲までは、日本の高射砲はなかなか届かず、効果も限られていたようですが、初期の北九州での防空戦でも、結構数多くのB29を撃墜、撃破してるんですよ。爆撃照準の関係で、爆撃高度をやや低くとった影響もあるのですが。
屠龍を駆って活躍した樫出大尉の活躍も、もっぱら北九州だったんです。

質問した人からのコメント

2013/11/19 22:28:41

皆さん、ありがとうございました。私は配備された全機の15%と書いたつもりなんですが、多くの方に延べ機数の15%と誤解されました。書き方には注意しなくてはいけませんね。

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tou********さん

2013/11/1702:57:14

作戦中に失われたB-29は出撃機数の1.5%。

mit********さん

2013/11/1320:49:06

ご質問に関しては他の方が回答しているので別の視点から。

B29が対日戦線用として始めて配備されたのが中国です、その際ヨーロッパ経由で配備されたのですが偶然ドイツ空軍が遭遇します、高高度を高速で飛ぶB29を見て現状の防空体制では無理と判断し、ジェットやロケット推進の戦闘機開発に拍車がかかります、特にロケット推進のME163コメートは離陸から3分半で高度12000mまで上昇します、B29を見据えての性能です、日本機では10000mまで数十分かかります、日本より高出力のエンジンを持つドイツでさえB29は脅威と考え別次元の兵器を開発しました。

日本は自分達の攻撃範囲まで降りてきている機体に対してのみ、攻撃を加える事しか出来ませんでした、それでもなかなか落ちないので体当たりまで攻撃方法として採用されました。

bir********さん

2013/11/1312:31:35

現代の空爆は、おとす爆弾にも、いろいろな誘導機器を
付けて精密な空爆が行えます。
たとえば、イラクのバクダッドの原子炉建設現場に
イスラエル軍が空爆したとき使用した爆弾は、
ただ、自然落下させて空爆する最もシンプルな爆弾で、
第二次大戦で使われた爆弾も、そんなレベル。
イスラエル軍は、精密誘導爆弾は精密機器の
トラブルが予想外で起きるリスクを考えて、
ただ、落とすだけの爆弾を選択しました。
その代り、低い高度から投下する戦術を選択し、
また使われたf-16は、コンピューターの
ナビゲーションによって、電脳が指示するとおりの
コースをパイロットが操縦しナビのガイドする
タイミングで爆弾投下すれば、誤差が稀少で
空爆できるシステムでした。
第二次大戦は、そんな空爆のシステムは、
ないので、爆撃照準も手動の職人芸でした。
検討ちがい の場所へ爆撃しないように、
高度を下げて空爆していました。
また、あまりにも高い所から爆弾を落とすと
着弾信管起爆の爆弾だと信管が重力衝撃で
破壊されて爆弾が不発に、なりやすかった。
約10000メートルもの高度を とったのは、
爆弾投下空域へ行くまでと帰りの空路だった
わけで、ドイツは、その段取り を理解し始めて
迎撃を そのタイミングでスクランブルしたので
ドイツのほうが日本より迎撃戦果は高かった。

coo********さん

編集あり2013/11/1310:25:42

>大戦中、日本に飛来したB29の撃墜数が、全機数の15%
事実誤認におちいってますよ。

Wikiより引用
太平洋戦争でのB-29の喪失数は714機[9](延べ出撃数33,000機)で延べ出撃数に対する損失率は2.2%程度だった。だが太平洋戦争中生産し作戦に投入したB-29の機体数約3,900機に対する喪失数714機という、損失率は15%を超えた(約18%)。

・・・「撃墜数」ではなくて、「喪失数」ですよ。損失率は15%を超えたとして、18%となってますよ。
被撃墜数<喪失数であって、喪失の原因は、撃墜にかぎらず、故障、事故も多く含まれてるのですよ。
B2に採用されていたライト R-3350エンジンには問題が多かったのです。
ウィキより
1943年までにB-29の機体は完成したが、空気抵抗削減を狙いエンジンカウルを極端に絞った設計のため、特に後列上段シリンダーの冷却が足りず、エンジンは常にオーバーヒート気味であった。また、エンジン軽量化のために多用したマグネシウム合金製の部品が発火しやすいという問題も抱えていた。このためエンジン火災を起こす機体も多く、軍はその対策に頭を悩ませることになる。
R-3350の初期型の燃料供給方式はキャブレター式で混合気の供給に問題を抱えていたが、1944年後半には燃料噴射方式に変更され、この点については信頼性が改善された。

>私が思ってたよりずっと多かったです。
そうでしょうか。出撃回数と1回における出撃機体数がハンパないほど多いため、喪失機数がふくらんでますが、延べ出撃数33,000機)で延べ出撃数に対する損失率は2.2%程度ということは、1回100機の出撃に対して、わずか2機しか失われてないってことですよ。日本の一式陸攻なんかの喪失数(へたすると全滅したりしてますから)などと比べると、はるかに少ない。

アメリカ戦略爆撃調査団報告第66号”B29部隊の対日戦略爆撃作戦(第20空軍)”の文書でも同様です
"中国-ビルマ-インドとマリアナ基地からの作戦全般を通じて第20空軍は、あらゆる原因によるものを含め、超重爆485機、戦闘機212機を失った。この間、戦死または行方不明となった戦闘搭乗員は合計3041名に達し、攻撃行動中の戦傷者は332名であった。
延べ33047機のB29と6276機の戦闘機が超遠距離を飛行して日本上空に出撃した事実を考えると、受けた損害は極めて微々たるものであった。B29で出撃して戦死または負傷した人員は戦闘搭乗員の1パーセントにも達しなかったからである。




★沖縄戦時以外や本土決戦用に迎撃をひかえた時期以外、東京大空襲などでは、日本軍も善戦してます。
3月10日・・・325機のB-29。12機を撃墜、42機を撃破。
5月25日・・・464機のB-29。26機撃墜、86機撃破と本土空襲の中で最も大きな損害を与えた。

★昭和19年11月~昭和20年8月まで、マリアナから飛来し、損失を除くなんらかの被害を受けたB29の数は2.707機の内訳
高射砲によるもの:2.063機(76.4%)
迎撃機によるもの:348機 (12.8%)
双方によるもの :234機 (8.5%)
・・・高射砲の実績が迎撃機をかなり上回っています。
・・・撃墜、撃破、喪失、なんらかの損害と、表記に注意してみましょうね。


★喪失原因について詳しいページ
http://www10.ocn.ne.jp/~kuushuu/mia.html

読まれてみてはと思うページ
http://www.warbirds.jp/ansq/1/A2000792.html



>具体的な戦術、戦法
B29の出現は割合早くから認識していたのですが、ずるずるし泥縄式の対応でした。
★B29の迎撃に活躍した戦闘機
高高度の性能が比較的良く、速度も日本機の中では速い飛燕が活躍。当時時速700以上の急降下に耐えられた戦闘機は三式戦くらいで、ゼロ戦はそんな速度で急降下すると全く舵が効かなくなり、最悪バラバラに。
244戦隊は部品の補給、整備も行き届いていたため他隊に比べ稼働率も高く、また攻撃精神旺盛なためB29の迎撃に活躍。震天制空隊による体当たりをはじめ、通常の攻撃でもB29を撃墜しています。
★夜間迎撃
夜間に離発着できる技量の高い搭乗員は少数だった。まともな機上レーダーはなく、単座、複座にかかわりなく、屠竜、月光のみならず、ゼロ戦、雷電も鍾馗も夜間迎撃に使われています。 つか、機上レーダーがないので地上の誘導に従って接敵したあとは、探照灯の照射で捕捉する、あるいは敵編隊より高位に陣取ってから地上の火災に浮かび上がるシルエットを捕捉するしかなかった。
★迎撃システム
性能の低いレーダー「電波警戒機甲型」「電波警戒機乙型」しか実用化できず、特に高度測定用レーダーが設置されていなかったことで、本来は待ち伏せ攻撃で有利な体制で戦闘が出来るはずの防空戦にもかかわらず、逆に探知が遅れてアメリカ軍に奇襲をかけられ、不利な戦闘を強いられる事が多かった。ドイツから技術供与された高性能対空管制用マイクロ波レーダーであるウルツブルグレーダーは輸入品以外になく、最後まで国産化できなかった。

yai********さん

2013/11/1309:20:29

渡辺洋二氏の本土防空戦でも読んでみてはいかが。

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