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映画「火垂るの墓」の西宮の(叔母)おばさんについて

pes********さん

2013/11/2501:22:03

映画「火垂るの墓」の西宮の(叔母)おばさんについて

清太と節子は実母を神戸空襲で亡くし、実父(海軍将校/重巡洋艦 摩耶)は戦地で音信不通という状況下で、この両方の子を面倒を見ていた叔母でしたが、折り合い悪く最終的に追い出したような形になってしまいました。
小さい頃から何度となくテレビ放送されてきた映画なので、その度に ひどい叔母さんだと(文句なしに)思っていましたが、最近私も中年になり(私は男性ですが)、この叔母(側)の気持ちもとてもよく理解できるようになり、むしろ清太側にも大いに非があったのではないかと思うようになりました。一方、清太はまだ中学生で、他人(大人)の気持ちや微妙な心情を読み取れる程、人生経験が豊富なわけでもなく、成熟してはいないのも事実あると思います。なので、叔母自身も叔母側の正直な気持ちをもっと言葉で分かりやすく説明する責任はあったと思いますが。。。。
しかし、苦しい状況下で実際に以下のようなことをされたら、逆上せず平静でいられないかったのは仕方ないことですよね??
①清太、節子は、故人(母)の着物を米に変えて得たその米を半々にし、半分を我が物とした。このとき叔母さんに気をつかって「おばさん、こちらの半分もおばさんの判断で自由に使ってください」とでも言って一任(わたして)しておくべきではなかったのか。
②清太は居候の身であり、且つさんざん今まで飯自宅をしてもらっておきながら、いざ自分の確保分の米の無心をされたら「飯は別々にしよう」とつっぱねて米の引渡しを実質的に拒否った。
③ ②につながるが、七輪まで買ってきて叔母の家の庭先で本当に自炊までしはじめた。しかも当時不足していたような立派な七輪を購入できるような預金(へそくり)まであったのに、今まで叔母に一切わたしてこなかった。でも自分たちのためだけには使った。(実際に叔母も「あたしへのあてつけか」と漏らした)
④海軍将校の子として過去にさんざん良い思いをしてきた。まわりを下に見る雰囲気、習慣、贅沢がいまいち抜けていなかった。(家事などを手伝わないとか、賛否はあるがとなり組みの消火活動に積極的に加わらないとか。も含めて)
⑤家全体、国全体が食料事情が最悪でイライラしているときなのに、いまいち、そこを理解して協力的な気持ち、行動をとっていない
など、工場空襲などいつぞやの勤労動員学生も育ててる身の叔母だって、清太、節子をいつまでも客人扱いできないのは当然だったのでは?

補足話の設定ですが,ここはとてもわかりにくいのですが,甥姪は叔母にとって義理の甥姪みたいです.つまり叔母は清太,節子の父の兄または弟の嫁のようです.momoerodayoさんが言うように,戦争も終わり(先)が見えない というのもまた一考ですね.

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har********さん

2013/11/2502:25:03

本当にすごく考えさせられる映画ですよね。しかも観る年齢によって考え方が何度も変わりますよね。
私も大人になって久しぶりに観て叔母さんへの気持ちが変わりました。
ただひたすら、清太と節子がかわいそうと思っていたのが叔母にも同情するようになりました。
ただ、米は母の形見を米に替えた心情を汲み取って叔母が渡したもので 清太は米を貰って素直に嬉しいと感じる純粋な子ども心だったんじゃないかなと思います。
そこには世間知らずで今まで苦労することなく育ってきてしまった故の純粋さで それがいかに貴重であるのか、どれほどの苦労の上に食べる事ができるのかがわからないという背景があるのは私も感じました。②に関しては、叔母から言い出したことです。清太は自分達が汁しか貰えないことに文句を言ってしまい叔母の怒りを買ったのです。そのために清太はじゃあそうします、となりました。
そこには叔母が母親を無くしたばかりの子に優しさや気遣いのない物言いや迷惑だと感じていることを隠さない事に大きな原因があると思います。例えば最初に渡した食材にも嫌味を言い、母が死んだ事も悲しんだり、清太達に慰めの言葉をかけることもなく、自分達の心配(孤児を預かってしまった、この先どうするか)を堂々と態度に出し、何かと小言を言う叔母が清太には煩わしたかったのでしょう。
清太は男尊女卑の時代、そして良家であったから手伝いができなかったとも思えますし、母を亡くしても泣くこともできず妹には心配させたくないから妹には明るく心配ごとなどないように振る舞うが自分自身は生きる意欲をなくしていたとも思えます。
清太はまだ中学生で親も家もなくし、大量の死体と焼け野はらを見て幼い妹を抱え 誰にも自分の気持ちを話せず甘えることも許されなかったのです。中学生といえば友達から言われた何気ない一言で死にたくなるくらい傷つき悩む年頃です。そんな多感な時に気丈に振る舞うだけでも立派だったと思います。
節子が疲れたと泣いたりわがままを言っても決して叱らずにあやして面倒を見てやる姿に心を打たれました。母親でもあんなふうに接するのは難しいと思います。
家を出たあと、生活に困っても戻らなかったのは節子に母は死んだと無情にも告げた叔母が許せなかったのかもしれませんね。

叔母にしてみれば、さほど親しい付き合いもなかった親戚から世間知らずの坊っちゃんを託された。数日預かるだけならまだしも、何もかもなくした子供を面倒見なくてはならなくなりオマケに可愛げがない。
何を言っても反応がなく、そのくせ食べるのは一人前で本当にお荷物だったんでしょうね。
もう少し、叔母がこの子達には罪はないんだ、そういう環境で育ってきたんだし 恨むなら預かると約束してしまったことを恨まなきゃ!と思い 子ども達に歩み寄る努力ができれば良かったと思います。元々の性格もあったと思いますが、自分達の生活すら明日はどうなるかと毎日が心配のなか、とても子ども二人も見る余裕などなかったため優しくできなかったんでしょうね。

叔母はその後の人生をずっと後悔したり、仕方がなかったんだと自分自身を説得しながら生きていったのではないかなと思います。

どちらに非があるとは決められないのではないでしょうか?それぞれがそれぞれに抱えるものがあり、本当に必死だったんだと思います。

質問した人からのコメント

2013/11/27 13:55:24

感謝 みなさん多くのコメントありがとうございました。どなたの意見も的を射ていると思います。戦争の悲惨なところ、恐ろしいところは、生命、物的に損失損害があることよりむしろ、普通のやさしい心、親子のような豊かな感情を持ち合わせた人間を、人を人と思わない鬼のような無情な心に豹変させてしまうことなのでしょうね。

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sak********さん

2013/11/2502:07:26

彼と同じ歳の中学生の息子と観ていましたが、
息子が
「俺なら、小さい妹がいるから我慢しておばさんとこにいる。」と言ってました。

まだ小さい子は素直に何でも言ってしまうので、それに対して感情的にならない対応をするのが大人。
中学生は、うまく気持ちを話せなかったり、意地を張ってしまう気持ちを理解してあげるのが大人。
おばさんは大人のしての対応が出来なかったんだなぁと思います。
ただ、生活が大変だから、そんな余裕もなかったのかもしれませんね。

質問者様とは逆で…
昔若いときに観たときは、わがままな子だなぁという感想しかありませんでしたが、40歳過ぎて久しぶり観たら、子供の気持ちを理解できないおばさんに頭にきました(笑)。

hib********さん

リクエストマッチ

2013/11/2504:35:46

>清太はまだ中学生で、他人(大人)の気持ちや微妙な心情を読み取れる程、人生経験が豊富なわけでもなく、成熟してはいないのも事実あると思います。

同感です。

やはり、時代背景から“生きていくのがやっとの時代”だと思うので、それぞれが自分と(親戚を含めない)自分の家族を守るので精一杯だった結果ということなのでしょうね…。
なので私個人は、私は清太さんの年齢も含めた心境や行動も理解できると同時に、叔母さんの行動や言動なども理解できる気持ちでした。

kzm********さん

リクエストマッチ

2013/11/2505:34:29

ここまで考えさせるものだから、老若男女一度は見てるのでしょう。

smi********さん

2013/11/2508:36:08

4歳児に対して冷たすぎる…100歩譲って清太にはきつく当たっても仕方ないかも知れないけど、せっちゃんにはなんの責任も落
ち度も無いですよ(--;)たった4歳でお母さん亡くしてお父さんにも会えず生活環境も全く違う親戚に預け入れされて…そりゃワガママするしグズグズするだろうと。なのに、嫌みしか言わない叔母さん…そりゃ兄もイラッとするだろう。
もしかしたら、清太は1人だったら叔母さんにも協力的だったのでは?と思います。節子が居て節子を守らないとって感情が違う方向に向かってしまったのかな?と。

mom********さん

編集あり2013/11/2513:34:38

補足拝見しました。
叔母も必死だったのだろうと思いますね。
その母親としての必死さが、中学生の清太には、厳しくまたは醜く映ってしまったのでしょうか。
やはりまだ幼いです。
自分の娘や息子を見ていても、他人の辛さを思いやる・・・・と言うことはとても難しいです。

戦時下の状況を体験していない自分の感想にしかなりませんが。

独身の時見たときには、なんてひどい叔母さんなんでしょう・・・・と思いました。

ですが自分が結婚して、子供が出来てから見たときは・・・正直感想も変わりました。

いつ終わるか知れない戦争。
状況は目に見えて日々悪化していく一方。
食料の配給もいつ無くなるか知れない。

そんな状況の中で、自分の子供たちにも満足な食事を与えられない・・・・。

自分だったら、訳隔てなく甥や姪にも接することが出来るだろうか・・・・。
身につまされて、とても辛い映画ですね。
中学生の娘が、とても真剣に見ていました。どんな風に感じたのだろう???

そういうことを考えさせられる事が、大事なのでしょう。

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