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物部氏と曽我氏は新羅と百済出身だから敵対していたのですか?

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ID非公開さん

2013/12/1122:43:11

物部氏と曽我氏は新羅と百済出身だから敵対していたのですか?

そうなると天皇は百済の王家の血筋なんでしょうか!?それとも両方混ざってる感じでしょうか。
となると天皇はもともと日本にいた人じゃなくて朝鮮人だったのです?
じゃあ日本の原住民(縄文時代にいた人)は北に追いやられ蝦夷、南は熊襲となったのでしょうか?

補足倭と新羅は一つの国?そんな意見は初めて見ました。どこの本に書いてありますか?

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dae********さん

2013/12/1715:12:02

今上天皇の御発言(平成13年12月18日)・・宮内庁HPより
天皇陛下
日本と韓国との人々の間には,古くから深い交流があったことは,日本書紀などに詳しく記されています。韓国から移住した人々や,招へいされた人々によって,様々な文化や技術が伝えられました。宮内庁楽部の楽師の中には,当時の移住者の子孫で,代々楽師を務め,今も折々に雅楽を演奏している人があります。こうした文化や技術が,日本の人々の熱意と韓国の人々の友好的態度によって日本にもたらされたことは,幸いなことだったと思います。日本のその後の発展に,大きく寄与したことと思っています。私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く,この時以来,日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また,武寧王の子,聖明王は,日本に仏教を伝えたことで知られております

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ksu********さん

2013/12/1421:13:46

まず前提としておかしいのは新羅も百済も朝鮮民族とは関係ありません。
新羅の建国神話を見れば、そのルーツは倭国、すなわち日本です。
少なくとも4世紀ぐらいまでは倭と新羅は一つの国で、日本書紀や古事記にもその記述があります。
百済のルーツは高句麗、すなわちツングース系の民族です。
今でいえば中国東北部、所謂満州辺りにルーツがあります。
現在の朝鮮民族の成立は13世紀以降で、それ以前は日本・ツングース系・漢民族などが支配する地域でした。
それ以降でもモンゴルや清に民族浄化に近いぐらいの侵略をうけた経験があります。
と言う訳で現代で言う所の朝鮮人とは違います。

あと縄文人とか弥生人とか良く言いますが、当然縄文人は追いやられた訳でも滅びたわけでもありません。
大多数は混血したのです。
私達日本人のDNAを調べれば、どの地域の人も縄文人の要素を多かれ少なかれ持っています。

eco********さん

2013/12/1204:44:01

蘇我渡来人説は、かつて、裏切り者の門脇禎二が提唱したが、こてんぱんにやられて、否定された説。
物部氏が渡来人なんて話は、聞いたこともない。

ちなみに、桓武天皇の生母、高野新笠は、渡来人の子孫。
桓武の子孫は、現在の天皇家に繋がっているので、天皇家に朝鮮民族の血が入っているのは、今や、周知の事実。

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