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大正時代のころまでは、女性の髪型といえば束髪や耳隠し、夜会巻きなど結い上げる...

sig********さん

2013/12/2820:50:36

大正時代のころまでは、女性の髪型といえば束髪や耳隠し、夜会巻きなど結い上げるものでしたが、髪結いに出かける余裕のない人はどうしていたのでしょうか?

作家の林芙美子は赤貧に喘いだ若き日々のことを「放浪記」として著作にしました。
日記形式で書かれた「放浪記」は、日々の買い物の内容や食事の内容などが細かく記されており、困窮の度合いが切に伝わってきます。
その中で、「もう十日も髪結いに行っていないので頭の地肌がかゆくイライラする」「やっと髪結いに行けた。しばらくこれでもたせなくては・・・」とあるので、髪結い代の捻出に苦労していた様子がうかがえます。
どんなに困窮していても、若い女性らしく必ず髪結いには行っていたようで、当時の女性は大変だなあ、と思ったのですが、髪結いどころではない女性はどうしていたのでしょうか?
当時の髪型は束髪が基本で、結い上げるのには技術が要り、専門の髪結いに結ってもらっていたようですが、髪結いに行けない女性は結わずに過ごしていたのでしょうか?

髪結い,束髪,放浪記,耳隠し,夜会巻き,林さん,お手伝いさん

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gbr********さん

編集あり2013/12/2902:06:49

林さんの女学生時代の写真ですね

これは自分で結ったか(たぶんそうでしょう)、又はお母さんや友達に結って貰ったのか

日記を書いた時の林さんはカフエの女給をしてたので日本髪を結いたいがお金が無くて我慢してたのでは?

明治生まれの母は鏡台の前に座って自分でスイスイと髪を纏めてました

余裕のある家庭ではお手伝いさんに髪を結ってもらったり定期的に髪結いさんが家に来たりしました

質問した人からのコメント

2014/1/4 10:11:55

降参 ありがとうございました!

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