見させていただく?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様、私の些細な疑問に時間を割いて丁寧にお答えいただき、ありがとうございました。 何だか気になるというだけでしたが、理路整然と皆様に解説していただいて、かなりクリアになりました。 BAを一つしか選べないのが残念ですが、文化庁のHPも目からウロコだったので、ka04zuさんに決めました。 本当にありがとうございました!

お礼日時:2007/7/5 23:26

その他の回答(7件)

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「見させていただく」「出させていただく」は間違いではありませんが、 気になる原因は三つあるんじゃないでしょうか。 1.使役謙譲表現自体がしつこい  特に「見る」には「拝見する」という立派な謙譲語がありますもんね。 2.対応する他動詞があることばは使役形を使う機会が少ない  「見る」には「見せる」、「出る」には「出す」があるので、そもそも「見させる」「出させる」という使役形が耳慣れないものです。 3.「サ付きことば」ではないかと錯覚してしまう  「サ付きことば」とは、五段活用動詞の使役形に間違って「さ」が入ってしまったものです。「見る」「出す」は一段活用どうしなので、「〈未然形〉させる」になるのが正しいんですが、五段活用動詞は「〈未然形〉せる」にならなければなりません。ところが最近「作らさせる」「書かさせる」のように余計な「さ」が入ってしまう。 とくにこの2.と3.の問題がごっちゃになって、「見させていただく」「見せていただく」、「出させていただく」「出していただく」のどれかが誤用のように感じてしまうんじゃないでしょうか。 この問題はこうやって理論的に考える以前に感覚的に一瞬違和感を感じるものだと思います。その感覚的な違和感って大切で、違和感のない言葉を選んで使える人は賢いと思います。だから、質問者様の「拝見してます」「出演させていただく」という言い回しをする人のほうが、賢く思えるんじゃないでしょうか。きっと質問者様と話したら好感が持てるのではないかと想像しています。

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「させる」は使役の助動詞です。使役の助動詞には「せる」と「させる」の二つがあり、「せる」は五段・サ変の動詞の未然形に付き、「させる」は上一段・下一段・カ変の動詞の未然形に付きます。 相手に見る許可をもらって見る場合は「見させてもらう」の“もらう”を謙譲表現にして「見させていただく」などというのは間違った言い方ではありません。 例えば、私が質問者さんのお家にお邪魔し、質問者さんのテレビで放送などを見るときは「見させていただく」でも間違いはありません。このように誰かの許しがあることを前提の上で見たりする場合は「みさせていただく」は正しい表現となります。 しかし、許可を得る相手がいなく、己の判断で勝手にそうした場合に「させていただく」などというのはあまり正しくありません。 例えば質問者さんが例に挙げた芸能人がよく『この番組、いつも見させていただいてます』などという場合、決してその芸能人が、テレビ番組側にその番組を見る許可をもらった上で観ているわけではないので、「見させていただく」などという表現は正しくありません。 このような表現は、相手の許可が無くても勝手に見ることができるものを、あたかも相手の許可が無くては見れないものであるかのように言い、さらには相手が許可するであろうということを、相手の判断を仰がずに勝手に決めているようにも読め、一見丁寧な言い方に見えるものの、かえって慇懃無礼な感じがします。 質問者さんのいう、『出させていただく』『出演させていただく』だと違和感を感じないのは、番組を見ることと違って、番組に出演することは自己の判断で勝手にできるものではなく、番組側の許可が前提となっているものだからです。

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おかしいと思います。 上一段動詞「見る」の未然形「見」+使役の助動詞「させる」は使役の意味では正しいのですが、何も使役させて欲しいなどと言わなくてよいでしょう。下一段動詞「見せる」というのがありますから、「見せていただく」が普通の表現です。「いただく」は謙譲語ですから、これで十分でしょう。 「出させていただく」ではなく、「出していただく」です。 漢語の言い換えは重くなりますから、日常会話では、出来るだけ軽く敬意を表すことにしましょう。 <田子>

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どちらの用法も、間違ってはいないと思います。 ここで問題となっているのは、 ・和語の動詞+させていただきます ・漢語の名詞+いたします の比較ですね。基本的に意味は同じです。 ご質問の例で直接比較するなら、 「見させていただきます」⇔「拝見いたします」 「出させていただきます」⇔「出演いたします」 で、意味としては同じになります。和語(訓読み)を使うか漢語(音読み)を使うかの差です。 どちらも間違ってはいませんが、江戸や明治の時代から、教養ある人は漢語を使うべしみたいな風潮があったので、そのような教養ある方から見ると、前者は語彙力の貧弱な言葉として違和感を感じるのでしょう。 ただ、「出演させていただく」は、出演が「出演する」というサ変動詞になってそれに「させていただく」が付いているので、基本的に「出させていただく」と同じ用法になっていて、質問者さんも動詞が漢語であれば「動詞+させていただく」はおかしくないと感じていらっしゃるようですので、問題は「させていただく」がおかしいのかどうかではなく、和語と漢語の語感の違いにあると思います。 (「出演させていただく」は一見「名詞+させていただく」のようですが、「出る」の使役形は「出させる」ですが「する」の使役形が「させる」なので、一見語幹が無くなったように見えますが「動詞+使役+受益+謙譲」という構造は「出させていただく」と同じことです。) 従って、質問者さんの違和感は、文法の間違いではなく、和語と漢語に感じられる教養の差でしょうね。

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間違ってません。 ただ、個人的には、「出させていただく」はまだOKです。 でも、アナウンサーやキャスターが 「ところが、そうではありませんで…」という言葉で話をつなぐことには かなり違和感を持ちます。 「~そうではありません」で、切ればいいだけじゃない! と思うのですが、間違ってるのかな? それから同じくTVのニュースやワイドショーを見ていて違和感というか ムカついてしまうのは、アナウンサーやキャスターが、 現場に行っている社員や天気予報のお姉さんの出番を 「次は○○ちゃんです」とか「○○さん、のレポートでした。ありがとうございました」 とか視聴者に向かっていうことです。 「ありがとう?」、同僚だろ、仕事だろって。 その点、久米宏はえらかった! 視聴者に対して自局の人間の名前を出すときは 「次は佐藤のレポートです」みたいに呼び捨てにして、 本人に呼びかけるときだけ「佐藤さ~ん」って、ちゃんと遣い分けていたもの。