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「神はサイコロを振らない」の意味について

murasakisumire20032003さん

2007/6/3021:23:50

「神はサイコロを振らない」の意味について

アインシュタインの言葉「神はサイコロをふらない」とはどういう意味なのでしょうか?

頭の悪い私にもわかるように教えてください。

よろしくお願いします。

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hidegorou2さん

2007/7/122:11:23

できるだけ簡潔に説明しようと思います。そのために、実際の科学の発見の歴史とは若干異なる記述があるかもしれませんが、「確率論的解釈」をわかりやすく説明することを目的としているのでご容赦ください。

今ここで、大砲の弾を敵陣に向けて撃ちこむとします。このとき、弾の初速度、発射角度、空気抵抗値等等、関連するあらゆる物理量がもしわかっているなら、「理論上」は弾の着弾点は100%の精度で予測できるはずです。これは、条件が全く同じなら何回繰り返しても弾の着弾点は変わりません。
このような”常識的”な世界が「古典物理学」の世界です。

ところが、20世紀に入り、奇妙な現象が確認されるようになりました。
ある種の実験では、「全く同じ条件」で実験を行ったにも関らず、実験結果が同じにならないのです。「古典物理学」的な常識的考え方では、上の大砲の弾の例のように全く同じ条件で実験を行ったなら全く同じ結果になるはずです。(lavie_xxx999さんのサイコロの例がありますが、失礼ながらlavie_xxx999さんの考え方がまさに「古典物理学」の考え方なのです。たとえサイコロでも、「全く同じ投げ方」で投げれば当然同じ目が出るはずです。)

これは科学の世界でそれまで確認されたことのない現象だったために、大論争を巻き起こしました。
科学者達はこの不思議な実験を何度も繰り返し測定するうち、奇妙な法則性を発見しました。それは、この実験の結果は100%の確率で予測はできない代わりに、
「X%の確率で結果"A"になる」「Y%の確率で結果"B"になる」「・・・・・・
というように、”確率的”にのみ、どのような結果になるかが予測できるというものです。

このような法則性をボーア率いる「確率論」派は、
「実験を始めたときには実験結果がまだ”決まっておらず”、結果を”測定”した瞬間に結果AになるかBになるかなどが”確率的”に決まる」と解釈しました。
これはいわば「大砲を撃った瞬間には着弾点は”決まっておらず”、弾が”着弾”した瞬間にどの地点に着弾したかが決まる」とでもいうような考え方であり、世間一般の常識からはかけ離れた考え方です。

このような考え方はさすがのアインシュタインでも受け入れ難かったらしく、対抗して「隠れた変数理論」を提唱しました。これはカンタンにいうと
「先の実験で、『全く同じ条件』で実験をしたと主張しているが実はそれが間違いではないか。現在の人間の技術では測ることができない何かの物理量(=隠れた変数)が存在し、それが異なっていたために実験結果が異なったのだ」というものです。
大砲の例にすると、大砲の弾は鉄でできているなら例えば周囲の磁場の状況によって軌道が変わり、全く同じ条件で発射しても着弾点が変わってしまいます。しかし人間がもし”磁場”というものを知らなかったなら、「なぜ”全く同じ条件”で発射したのに結果が違うんだろう?」と疑問に感じるはずです。この例えでは「磁場」が「隠れた変数」となっているのです。

アインシュタインの考え方はより”常識的”です。そこでアインシュタインは「測定した瞬間に”確率的”に結果が決まる」とするボーアらの考えに対し、「神はサイコロをふらない」といって批判したのです。

現代物理学ではボーアらの考え方に軍配をあげつつありますが、厳密には現在に至っても未だ論争に決着がついていません。

※大砲の弾の例について物理学に詳しい方なら「マクロな大きさの弾に量子力学的な考え方を適用するのは間違っている」とご指摘になるかもしれません。自分も間違っているのは承知しているのですが、おおざっぱに直感的なわかりやすさを優先しました。どうかご容赦ください。

質問した人からのコメント

2007/7/1 22:48:51

降参 詳しく教えてくださりありがとうございました!
とてもわかりやすく説明してくださったので、理解することができました。
本当にありがとうございます。

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lavie_xxx999さん

2007/6/3022:20:24

俺、この辺の話は疎いんだけど、なんとなく分かる気がするなぁ。

世の中って、本当の偶然って存在しないと思ってるんだよね。
コンピュータが発達した現代では益々ね。

日常生活で全ての偶然と呼ばれる事象、確率で表される事象はきっと
コンピュータで計算させれば必然として観測出来るんじゃないかと思う。

人間がサイコロを振るのだって、サイコロを振ったときの力量、角度、
落ち始めの目、床面までの距離、摩擦係数、重力とか全部計算すれば
予測も出来ると思うし。
逆手に取れば、ロボットに振らせて目をコントロールも出来ると思う。

町内会やビンゴで使うクジだって計算しようと思えば出来ると思うし。
パチンコの玉の動きから当たりを引く事まで全て計算で必然に出来るとも思う。

だからきっと、アインシュタインの言ってる事も、そうかも知れないねって思える。

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カテゴリマスター

2007/6/3021:54:07

 この言葉は、量子力学の不確定性原理に、アインシュタインが反論するときに述べたものです。

 不確定性原理とは、「粒子の運動量と位置は、同時に正確には測ることができない」ということで、それは元々決まっておらず確率によってしかわからないと考える人が多かったのに対し、アインシュタインは決まってはいるが人間にはわからないだけだ、と考えました。

 確率でしか答えが出ないという量子力学の理論に対して、「たとえ今は発見されていなくても、自然界の物理には明確な法則があるはずだ」という考えのアインシュタインは、「神はさいころを振らない」という言葉で表現したのです。

編集あり2007/6/3021:33:54

粒子の運動量と位置を同時に正確には測ることができないという事実に対し、それは元々決まっていないからだと考えるのが、ボーアなどが提唱したコペンハーゲン解釈であるが、アインシュタインは決まってはいるが人間にはわからないだけだと考えた。アインシュタインの考え方は「隠れた変数理論」と呼ばれている。なお、1926年12月にアルベルト・アインシュタインからマックス・ボルンに送られた手紙の中で、彼は反論に神はサイコロを振らない(Der Alte würfelt nicht. 直訳:神は賽を投げない)という言葉を用いた。

つまり、粒子の運動量と位置を同時に正確に測る事が出来ないという事実に対して、ボーアなどはランダムな数値の為測る事が出来ないという考えに対抗して、アインシュタインは、ランダムな数値ではない(神様(自然の現象など)は決してランダムにはおこっていない(サイコロを振るようにランダムではない)。規則的な配列を人間が探しきれていないだけだと説明したわけです。

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