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1970年代半ばから1980年代を通しての甲子園大会。 まだ、それほどレベルの高くな...

ねもっちPASSO・82-55さん

2014/4/3022:31:31

1970年代半ばから1980年代を通しての甲子園大会。
まだ、それほどレベルの高くなかった北海道、東北、北陸の寒冷地のハンデを負ったチームから出現した印象に残る好投手を下記から選ぶとどうなるでしょうか



中村明志「札幌商業」1975年春出場
・初戦で伊都高を1安打完封し続く、報徳学園との試合でも11回までゼロに封じる。結局12回ウラに1点を奪われ敗れるが、優勝候補チームを相手に大健闘の投球をみせる。

板倉利弘「福井商業」1978年春夏出場
・下手投げながら速球を武器とする。78年春、チームを準優勝に導く力投。

高松直志「能代」1977年夏、78年夏出場
・右足を高く上げ、その反動を利用して快速球を投げ込む。星飛雄馬ばりの本格派左腕。

君島厚志「鶴商学園」1978年夏、79年春出場
・制球力のよさ、小気味よい投球のテンポが光る。78年夏、日田林工との試合、68球で8回を完投。翌79年春、強打の天理を無四球、2失点に抑え完投勝利。

堅田外司昭「星稜」1979年春夏出場
・左腕の本格派。79年夏の箕島との伝説に残る名勝負、最後まで強力打線を苦しめる。

中山正法「日大山形」1979年夏出場
・重い速球と鋭い変化球を駆使する。山形県勢初の大会2勝をあげた立役者。

横森宏行「高岡商業」1982年夏出場
・下手投げからの浮き上がるような速球と、コーナーぎりぎりに決まるカーブを武器とする。初戦で大会屈指の好投手・秋村「宇部商」と投げ合い、13奪三振、1失点の力投で富山県勢に8年ぶりの勝利をもたらす。

大西伸幸「駒大岩見沢」1983年春夏出場
・83年春、今治西、久留米商をともに1失点の完投勝利で退ける。北海道旋風の立役者。

金野正志「大船渡」1984年春夏出場
・171センチと小柄ながら持ち前のマウンドさばきは高校生離れしていた。84年春チームベスト4進出の原動力。

水沢博文「金足農業」1984年春夏出場
・ボールの切れ、落差のあるカーブは当時の東北高校球界屈指。84年夏は桑田、清原が主力のPL学園に対し大健闘。

林 真道「新潟南」1984年夏出場
・初出場チームのエースで4番、頼れる大黒柱。3回戦、明徳義塾との試合でのバックスクリーンに叩き込む決勝本塁打&完投勝利は圧巻だった。

直江 晃「松商学園」1985年春、86年春出場
・85年春、初戦の国学院久我山を奪三振10、2失点の完投という内容でチームに26年ぶりのセンバツ勝利をもたらす。

酒井盛政「新湊」1986年春夏出場
・86年春、豪腕投手・近藤真一を擁する享栄と対戦。酒井はノーワインドアップからの制球力重視の投法で近藤に応戦し、2安打の完封勝利。決勝点も自らのバットで叩き出し「新湊快進撃」の火ぶたをきった。

補足プロ入りをしなかった好投手を選出しましたが、中にはプロでやってみても面白かったと思われる選手はいたでしょうか?

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sok********さん

2014/5/101:51:16

やはりプロでやってもらいたかったのは、豪快なフォームから快速球が魅力の左腕高松投手(能代)ですね。
優勝を狙えるチームのエースとして、板倉(福井商)と堅田(星陵)は強く印象に残っています。
また1979年夏、1980年春夏に三季連続出場した秋田商の二枚看板、高山投手(後に西武)とアンダースローの安保投手(1980年は主将)は投手陣として好きでした。最後の夏だけ高山投手がエースナンバーの「1」だったと記憶しています。

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