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マルクス主義について

te_********さん

2014/5/1817:48:28

マルクス主義について

マルクス主義の本を一冊読みました。
その本を私なりに要約すると
「弁証法的唯物論の観点から社会を紐解くと
資本主義、社会主義、そして共産主義へと遷移していくだろう」
という話だったと思います。

ここで質問ですがマルクスの主張はいずれ社会は共産主義社会になるだろうということではないのですか?
なぜ共産主義者は現状の段階から無理やり共産主義社会に持って行こうとしているのでしょうか、必然的に共産主義になるのであればそれまで待つ必要があるのではないでしょうか
それともマルクスの主張と共産主義者の主張は食い違っているのでしょうか

以上、よろしくお願いします。

補足「社会主義、共産主義への移行は十分な科学技術の発達で資本主義社会が成り立たなくなることで労働階級たちが革命を起こす」と解釈しています。
私の考えでは現状において資本主義社会が崩壊する時期というものがまず判断不可能と思います。まだ発達の余地がある資本主義社会では共産主義社会に移行は難しい、また資本主義社会の成熟そして終わりが予測できないのであれば待つしか無いのでは?と考えて以上の質問をしました。

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ten********さん

編集あり2014/5/2013:42:55

【補足をうけて】
マルクスは若い頃は「恐慌による資本主義崩壊論」の立場に立っていましたが、『資本論』を執筆した中後期以降はそういう立場には立っていません。

資本主義は「崩壊」するのではなく、次の社会(共産主義社会)へ「発展・移行」する、という考え方です。科学技術の発展だけでなく、社会的な経済コントロールの制度が発達し、「個々の資本が勝手にもうけを追求しあう社会」から「社会が理性によって経済をコントロールする社会」への移行です。これは現代でも進行中の過程です。

マルクスの時代は、個別の資本(企業)が政治や法で制御されているということはかなり稀でした。ようやく工場法などで労働時間規制が始まったばかりでした。現代では、個別の大企業が全世界的な生産調整をおこないますし、環境や労働のための立法は無数にあります。また、経済に計画をもちこんで、マクロコントロールをすることは資本主義でも常識になっています。

論者によっては「マルクスの社会はすでに実現しつつある」という人もいるほどです。

----------
そのマルクス主義理解はだいたい合っています。

「社会の発展法則で資本主義から社会主義の社会に移行するなら、何もせずにほっとけばいいじゃん」「いやそんなことはない」というのは、「主体性論争」といわれて、戦後、知識人の間で議論されました。だから、あなたの疑問はとても自然で、オーソドックスなものです。

「社会が法則にそって発展していくのであれば、その法則を知って、法則にそった働きかけをするのが共産主義者の役割だ」ということになります。難しい言葉でいうと、「社会発展の合法則的促進」ということになります。

社会は法則にそって発展するにしても、そのプロセスはできるだけ、苦痛が少なく、合理的で、徹底していた方がいい……というほどのものです。

たとえば、政治体制は、君主制から民主共和制へ向うことは社会発展の法則から考えて必然的だとマルクス主義者は考えるわけですが、戦前の日本では絶対君主制のもとで日本人300万人、アジア人2000万人が殺される悲惨な戦争の破滅となって現れ、その結果ようやく天皇専制の政治体制は終わりをつげました。ものすごく多くの犠牲を払ってしまったわけです。少しでも合理的で、苦痛の少ない道を選ぼうと、誰でも思うし、思ったら政治的行動をせざるをえない、というわけです。

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oct********さん

2014/5/2018:28:06

まず、カール・マルクスの生きていた時代背景を理解する必要があります。
彼は18世紀後半から19世紀の人です。
その時代は、産業革命や政治面ではフランス革命などが起こった時代です。
プロレタリアアートは搾取され、生産物はブルジョワジーに独占されていた、それが当たり前だった世界です。
現在とは全く違います。その頃の企業は現在のブラック企業など足元にも及ばないようなひどいものでした。

マルクス主義、共産主義というのはそもそもそういう時代に産まれたイデオロギーであるという前提に立たなければなりません。

マルクス主義が産まれた後、それを信じた人々は、革命を起こします。ロシア革命などがいい例です。彼らは当然まずは共産主義の前段階である社会主義を確立しようとしました。

社会主義、つまり少数の「エリート」による独裁、完全統制経済です。
本来ならば社会主義経済において生産性が高まり、人民の幸福も高まることによって「エリート」の独裁や統制経済すらも必要がなくなり、共産主義へと移行するはずだったのですが、大きな問題に直面しました。

頑張っても所得が上がらないことによる労働者の怠慢と、「エリート」の汚職、富の独占などです。それによって共産主義への移行どころか、社会主義を完成させることすらできなくなりました。
これにより、マルクス主義は行き詰まり、ソ連を始めとする社会主義国家はピュアな形では存在不可能となりました。

一方で資本主義社会でも、労働者の人権が確立され、労働環境は劇的に改善され、労働者が権利を主張することも法的に可能になりました。
さらには、ケインズなどの影響により、資本主義社会でも一部社会主義的な政策も行われるようになりました。
つまりは、マルクスが見ていた資本主義社会とは全く違った形の資本主義社会が出来上がったわけです。

したがって現在マルクス主義は過去のものです。今の人類には実現不可能ということが、歴史によって証明されてしまったということです。

もしこの先人類が劇的に成長して、皆が自分の利益など関係なく働くようになり、だれも富の独占をしないようになれば、共産主義社会が実現されるかもしれませんが、無理でしょう。

i_s********さん

2014/5/1921:17:06

それは要約と言いますか、見出しという所ですね。それだけであると、「弁証法的唯物論の観点」の説明がどうであったのか測りかねますが、おそらく充分ではなかったのでしょう。マルクス主義が日本に紹介された一九世紀末の当初から、「必然」に関して反ないし非マルクス主義派から、同じような「批判」がなされてきました。ネットで検索しても厖大な数の批判、反批判が載っているのではないかと思います。te_du_kaさんの「それまで待つ必要があるのではないでしょうか」と言われるのは、比較的ましな方ですね。ひどいのは、必然的なら「ほっといたらいいはずだ」とか、「みんな寝ていたらよい」とか、反論するのも馬鹿馬鹿しいものが数多くあります。要するに哲学以前的なレベルということです。

さて本論です、
te_du_kaさんの解釈ですが、1)「マルクスの主張はいずれ社会は共産主義社会になるだろう」とされる一方、2)「必然的に共産主義になるのであればそれまで待つ必要がある」と受け止めて居られますね。1)と2)は同じなのですか。「なるだろう」と、「必然的」では言葉としても受ける感じは随分違いますが、一連だとして、両者を併せますと、マルクスの主張は、共産主義社会というものは、待っていればいずれそうなるであろうという意味で、必然的に到来するものだ。そう、その入門書に書かれていたという事ですね。核心となる部分であるのに何とも頼りない説明の入門書であった、というべきでしょうか。しかし、著者の意図としてはそういう説明で済ますものではなかっただろうと推測します。と言いますのも、必然と偶然の弁証法また歴史的法則性ということのマルクス主義者の常識からして、その様な意味ではないのですネ。ですから、言われる「マルクスの主張と共産主義者の主張」の食い違いではなく、その入門書が、te_du_kaさんに対してそれを理解し得る充分なものを提供出来なかったということでしょう。入門書としては、te_du_kaさんがたとえ「弁証法的唯物論の観点」に立たないとしても、そういう観点も在るのだな、と理解されるようなものであって欲しいものです。

>なぜ共産主義者は現状の段階から無理やり共産主義社会に持って行こうと
と仰る点ですが、待っていればその内に共産主義社会が来るのに、ということであれば、そこまで、共産主義者を見下すことはないのではないか。然るべき時期がある筈、という意味であれば、それは一理あります。いつ如何なる時も呪文のように同じことを主張せよ、為せば成る、というどこかの宗教とは違いますからね。
マルクス及びマルクス主義的共産主義者が、「資本主義的社会が終焉を迎えるのは必然である」と言う時、その意味は、ベルトコンベアに乗って次の時代がやって来るということではない。人間の歴史が機械仕掛けで動いているなどと主張しているのでもない。一歩引いた所からマルクスが言う言葉としては、資本主義が自らの墓堀人を創り出している、というものが、適当ではないでしょうか。いずれにせよ、掘下げればこの話は「世界観」の対質にまで行くべきです。本を一冊読んだからどうと言えるものではないでしょう。

twe********さん

編集あり2014/5/1906:55:20

なるよーになるんなら少しでもはやくそーしたいって思ったんじゃないの?

ムリヤリもってこーとしたってうまくいくわけないもんね。なるよーになるだけだもん(*^^*)

thi********さん

2014/5/1903:12:38

共産主義社会というのは、一言で言えば、諸国の国民ひとりひとりが自然と社会の法則性を認識し、自由になる社会である、ということです。ソ連など世界の社会主義共産主義体制には、国民ひとりひとりの自由など存在しない独裁体制の社会です。したがって、マルクスエンゲルスという科学的社会主義の創設者からしたら、あんな体制は社会主義でも共産主義でもありませんよ、ということであるということです。

自然と社会の法則性を認識するのは神様ではなく、人間ひとりひとりですから、ひとりひとりの人間が主体的意欲的に自然と社会の法則性を認識しよう勉強しようと積極的主体的に努力しなければ自然も社会も科学的、合法則的に変革することはできません。

行動の前に、科学的な理論を勉強し、科学的な理論による行動、現代では特に投票行動や議会政党への協力を通じて、人間は自由になるということです。

rim********さん

2014/5/1820:55:12

スタートレックでの社会は、貨幣経済を脱却し、個人の能力と適正に応じて社会に貢献する社会となっています。
貨幣経済・資本主義経済の限界というものがあるのは事実だと思います。
あくなき成長など無理なことは、地球の有限性を考えると当然のことです。
そういう意味では、社会主義の失敗を笑うことは資本主義の失敗を笑うことでもあります。突き詰めた資本主義や自由主義に至れば、個人が納税し社会の目的に資本を使用することは、社会主義的発想です。税金を投入して失業者対策や経済のてこ入れをするなど、アカの発想です。
完全な社会主義がないように、完全な資本主義も成立しません。
人間性がいわゆる資本主義でも尊重されるようになれば、社会主義的方向になるのだろうと思います。
ただ、それは産業革命においてマルクスが考えた社会主義を超えるものになるものだろうと思います。産業革命から時間が過ぎた現在に社会主義が意味するものが変化するのは当然のことだろうと。共産主義がガチガチになるのは、共産主義の特徴というよりも、為政者の特徴ではないかと。今の安倍もよく似たものです。

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