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大戦期のドイツの戦闘機、メッサーシュミットBf109はスペイン内戦のころから大戦末...

rhe********さん

2014/7/2708:32:28

大戦期のドイツの戦闘機、メッサーシュミットBf109はスペイン内戦のころから大戦末期までずっと前線で使われた息の長い機体でしたが、後に登場したフォッケウルフFw190と比べると繊細で空戦に特

化した機体だったと聞きます。
零戦と違ってどうして改良して長く使えたんですかね?

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asl********さん

2014/7/2712:36:46

スペイン内戦~大戦初期までは「A~E」で、F型以降の機体とは別物。Bf109はメッサーシュミット博士の「極力小型軽量な機体に強力なエンジンを積む戦闘機」というコンセプトから開発された機体だった。初期のJumo以外はダイムラーの開発したDB601を搭載し、ヨーロッパの空を席巻したが、これは相手側の準備不足やドイツに比べて劣った機体の採用、ロッテ、へッテという、現在の空戦の基本をなすという戦術の高度さが戦闘機の能力を補足したからで、大戦が「イギリス」「ロシア」「米国」との戦闘に突入するや機体の能力不足が次第に露呈してくることとなる。その顕著な例が「バトルオブブリテン」の戦いで、Bf109は航続距離の不足やスピットファイヤーにくらべて火力不足が明らかになってきた。もし、Fw190という「補助戦闘機」が無ければ戦線が崩壊していたかも知れないくらい深刻な状態であった。
また、脚装置が面白いくらい折れた。これらは、機体構造から起因するところが大きかったので、1941年に空力関係のデザインをほぼすべて改めた「F」型が登場した。ただ、エンジンはDB601のままで、Bf109のパワーアップの大本命のエンジン、DB605はなんとG-1の登場まで出来てなかった。(G-0はDB601で完成している。)
ここまでで、ドイツ空軍がただ手をこまねいていたか、というとそうではなく、元々スピード記録を出すための機体を大改造して戦闘機化した「Me209]、完全新規設計に寄る新戦闘機「Me309]が企画、製作されたが、いずれも戦闘機としては不完全な機体であった。この2機は戦闘機として採用されていない。また、Bf110(複戦)の後継機、Me210がテストパイロットの「機体をもう1mくらい伸ばしたほうがいい。このままだと機体が不安定」という意見を無視して大量生産が開始されたが、なんとその機体の不安定さから事故多発、メッサーシュミット博士の軍法会議への告発が真剣に検討され、あわてた博士が大改修機Me410を作って何とか面目を保つという事件が起こった。既に、「Bf109とFw190以外の戦闘機を開発、製造に持っていくことが難しくなっていた」のが1942年以降のドイツの現状だった。
ここまで書くと「Me262」の話が出そうだが、「戦闘爆撃機」として生産されていたし、戦闘機として使われたのは1944年以降。「Ta152]と「Fw190D」が何とか前線に出たが、これらは基本「Fw190]の改造、発展型だし、生産数が少なかった。
つまり、「Bf109とFW190を何とか改造、発展させて生産し続けないといけなくなっていただけ」で、決してほめられたものではなかった。
1942年以降は「F]をベースに機体や搭載火器を改造、強化して、雲霞のごとく押し寄せる連合軍に対処せざるを得なかった。と、言うこと。

質問した人からのコメント

2014/8/3 11:06:02

長く使えたのが良いことと思っていましたが単に器用貧乏ともいえますね・・・(^0^;)

ベストアンサー以外の回答

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zer********さん

2014/7/2809:07:05

名前こそ同じBf109ですが、基本的に同じ部品(実際はかなり異なりますが)は胴体の赤く着色した部分のみで、主翼など航空機として大切な部品は途中で外形も構造も大きく変更されます。
それが可能だったのは主翼と胴体が別の部品として設計され、結合させる構造であったためで、これはイギリスのスピットファイアも同じパターンで変遷を遂げています。
この構造と大馬力エンジンへの換装が時代の流れに即した新型への発展を可能としました。

名前こそ同じBf109ですが、基本的に同じ部品(実際はかなり異なりますが)は胴体の赤く着色した部分のみで、主翼など...

krc********さん

2014/7/2801:33:28

開発当初から比べると、エンジンの馬力は2倍、しかし、胴体、主翼と
基本的なデザインは、変わっていません。

量産型のB、Cは基本的に同型で、E型はエンジンの変更と、武装の強化
が図られましたが、ラジエターが機首下面から、左右主翼に移されます。

F型では、量産性の追求し過ぎを反省し、徹底的に空力リファインを行い、
主翼内の機関砲を廃止し、プロペラ軸からのモーターカノンを遂に搭載し、
途中から、エンジンを換装、速度、運動性と命中精度を向上させています
が、機体自体は、主翼内のリブの枚数を減らして、機関砲を廃止して、強
度の余裕が出たので、外板を薄くし、ラジエターを深く埋め込み、水平尾
翼の支柱を廃止、尾輪を引き込み式にした程度です。

G型以降は、エンジン、武装を逐次強化し、エンジントルクの増大に対応
する為、垂直尾翼が大型化されていきます。

基本的に、空の軽騎兵として登場した、諸外国の戦闘機と比べ、一回り以
上小型の機体ですが、機体の強度と、量産性が非常に高かった為、諸改造
が可能で、ドイツ空軍パイロットの好む、良好な上昇力、高い横転率、急
降下性能が良かったので、新型機の失敗も有り、Bf109に頼るしかなかっ
たのでしょう。

よく言われる欠陥ですが、陸軍の直協空軍の戦闘機としては、十分な航続
距離ですし、それを洋上飛行を伴う、英本土攻撃に使う方が間違い。

軸間距離が狭い主脚ですが、日本やアメリカ軍の転圧された滑走路なら、
余り問題に為らなかったと思われます。

ドイツ、イギリス、ソ連の前線基地は、ちょっとした平原を簡単に整地
しただけなので、滑走中に跳ねることが多く、突然折り畳まれる事が、
結構在ったそうですが、左右の主翼を外しても、胴体は主脚で自立出来
たので、列車による移動が大変容易です。

主翼の前縁に装備した、ハンドレページ式自動前縁スラットは、翼端失
速を遅らせ、危険なスピンに入るのを防ぎ、離着陸自体は良好だった様
です。

欠点と言うより、短所も多かったが、飛び上がってしまえば、大きな問
題点ではなかったのと、小改造や改修のみで、生産ラインに負担を掛け
難い、改造が進んだのだと思います。

フォッケウルフFw109は、量産型のA型は、機体重量が重く、エンジン
の高々度性能の低さも伴って、5000mを超えると、非常に性能が落ち、
D型のユンカースエンジンも、Bf109E以降のダイムラーベンツエンジン
より、高々度性能での馬力低下が大きかったのです。

Bf109は、型とサブシリーズが多く、初期型と後半型とでは、別物に見
えますが、P-51やスピットファイアの方が、形状の変化が大きいと思い
ます。

fok********さん

2014/7/2713:41:57

Bf109という型式名を終戦まで使ってますけど、ロールスロイスエンジン装備の試作機~最終型までに共用部品はほぼないでしょう


初期から後期まで外観が似てるだけで、Bf109の初期型と後期型の相違ぶりは型式名が同じのFw190空冷型とFw190水冷型の差ほどある大違いです

bir********さん

2014/7/2712:14:41

bf109には致命的な構造上の欠陥が、あって
、にも、かかわらずドイツは何故、高い技術力で
欠陥を改善しなかったのかは謎です。
欠陥というのは、着陸用の主脚に、あって
着陸時には、接地の際、強烈な振動を発生させて
着陸態勢が不安定でした。この特性は、
現在、同機の飛行可能な復元機が、あるので、
機会が、あったら、この復元機の離着陸の映像を
御覧ください。私は、あるテレビ番組で、
復元機の着陸映像を見ましたが、たしかに、
接地時の振動が強かったのを確認しています。
第二次大戦後期のドイツ戦局の悪化に伴う
同機の材質劣化および工作不良による強度不足から
同機は着陸時、墜落し、その損失は、ただで
さえ戦闘で損害でる上に、自滅的に着陸事故を
起こしていては戦争に悪影響だったでしょう。
そもそもスペイン内戦で実戦デビューした同機を
第二次大戦においても使い続けることは、
同機の後継機の開発、配備に成功してなかったと
いう事実の裏打ち、でしょう。
フォッケウルフfw190も後継機に相応しい
性能あって、しかし配備が遅れたうえに、
米英空軍の空爆作戦で高度の高い空中戦が必要と
されると低空戦闘を想定していたfw190では
役不足で、fw190を高い高度でも戦えるよう
改造するか、タンク博士の研究開発した
最終版しかp-51と戦うには
向かなかったようです。

wak********さん

リクエストマッチ

2014/7/2712:09:47

1)戦争の末期には、モデルとしての限界がはっきりしていた。この辺りは零戦やスピットファイアと全く変わらない宿命。基礎設計が古いのだから、その後の武器や戦術の変化についていくのは困難。特に1942年末期から登場したBf109G型は、武装の強化などによって、カタログ性能の発揮は極めて困難になっていたらしい。とにかく第二次大戦前の設計になる機体は、1944年以降は、さまざまな欠陥によって主力の座から滑り落ちつつあったと考えるべき。
2)ただし海洋を戦場とする宿命の日本軍と異なり、陸上基地からの戦闘を主任務としたため、過大な燃料搭載などの性能要求が無く、改造のための冗長性が維持できた。
3)もちろんエンジンの高性能化が進んだことも大きな要因、ただしこの辺は、米英に劣る。第一次世界大戦から続いている、ドイツ工業の弱点。

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