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『葉隠』は日本の武士道の精神を象徴していますが、九州地方のキリスト教徒の方々...

ka1123kaさん

2007/10/3008:12:00

『葉隠』は日本の武士道の精神を象徴していますが、九州地方のキリスト教徒の方々にとっては、『葉隠』はどのような評価の対象となっていますか?

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kei********さん

2007/10/3009:33:33

「葉隠」は評価に値しません。
あれほどくだらない書物はありません。

佐賀出身の大隈重信(早稲田大学創設者)の言葉です。


「葉隠」はあくまでも佐賀藩主鍋島家への「忠誠」をといた書物であり
武士道精神を表したものではありません。
つまり鍋島家への「絶対の忠誠」を説かせるの「洗脳」書だったのです。

なぜこのような書物を書かせたかというと鍋島家の成り立ちによるからです。

戦国時代~安土桃山時代初期にかけて佐賀を支配していたのは
鍋島家の「主君」である龍造寺家でした。
しかし、「沖田畷の戦い」で当主隆信が討ち死にした後、
後を継いだ政家は凡庸であったために「家老」の鍋島信生が取り仕切るようになりました。
「信」生は隆「信」の偏忌を賜るほどの重臣でしたが、
隆信死後野心を持ち始め「主家」乗っ取りを企み始めました。
まず、政家の代役として中央(秀吉)との結びつきを強め
中央より佐賀の取り仕切りを認められるようになりました。
さらに「信」生の名を捨て直茂と名乗るようになったのです。
「主君」から賜った名を捨てるということは「家臣」である事を拒否するも同然です。
(徳川家康も今川家から独立時「元」康から「家」康に名乗りを変えました。)
その後事実上の佐賀「藩主」として振舞っていた直茂は
政家の「病死」後徳川幕府より佐賀藩主として認められたのでした。

しかし、鍋島家の「主家乗っ取り」を快く思わない連中を恐れた直茂は
二度と「鍋島直茂」が現れないように藩士の教育のためにある書物を書かせました。
それが「葉隠」だったのです。

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