ここから本文です

★少し良いですか?良く、正法、像法、末法とか言い?末法の世では全ての大乗経は意...

kan********さん

2014/9/2719:47:56

★少し良いですか?良く、正法、像法、末法とか言い?末法の世では全ての大乗経は意味を為さないとか?特に法華経は的な事が言われますが…何か根拠が有りますか? 偽経とも言いますね?末法と言われ久しく、今現在、二十一世紀に入り、現実は法華経信者は沢山いて法華経、題目を題唱されて居ますが…此の末法と言う時代に何故…私的には仏法は三世を通しての教えと考えています、私の処では、法は崩す事も我見で見る事も許され無い物と言われて居ます…何を持って末法か末世か?混沌の時代で有っても、法華経の光明が有る限り救いも有る物と思いますが…如何でしょうか…失礼しました…

補足神示啓示は少し危険ですね、何も判らない者には、誤解を招き兼ね無いですね、人は本当の事、本質は避けたい物ですね、何故否定が出来ない、受け止める物が無く心身共に未熟の者ですから、経典の経緯は沢山の学者等研究、解釈の論文が、持論ですが、宗教教義信仰は私は別の物と考えて居ます、インド思想の学者が神仏には慣れない宗教学者も同じですね、信は心に通じる物と思います、何時も本当に大切な知識を頂き感謝します。

閲覧数:
179
回答数:
2
お礼:
50枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

sto********さん

2014/9/2721:30:16

仰る通りですよ。


以下、過去ログより。

インドの「法滅尽」思想を集大成した『大集経』が漢訳され、その月蔵分に,釈迦滅後2,500年の仏教の盛衰を500年に区切って表した五堅固説(解説堅固・禅定堅固・多聞堅固・造寺堅固・闘諍堅固)が説かれていて,末法思想展開の契機となったのです。

これが日本に伝わって、南都仏教の三輪宗系が
正法五百年・像法千年説を、法相宗系が正法千年・像法千年説を取りました。

起点となる釈尊入滅時については「周書異記」によるBC九四九年説が採用されました。

詳細。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1253574147

末法思想は既に崩れてます。


そして法華経の偽経説ですが、釈迦没後500年も後の成立であることや28品には加筆品もあるようです、以下↓

rsd37264さん

『法華経』の成立は現在のパキスタン辺りで、ゴ―タマ・ブツダの滅後500年頃と推定されています。

『法華経』の28章を通して読めば解ることですが、序品から嘱累品までは一連の物語風になっているにも拘わらず、途中で不自然な場面展開か幾つか見られますが、それらは全て後世の付加品です。

原『法華経』の各章は以下の通りです。

序品・方便品・譬喩品・信解品・薬草喩品・授記品・化城喩品・五百弟子授記品

・授学無学人記品・法師品・見宝塔品・勧持品・従地涌出品・如来寿量品

・嘱累品

後世の付加品は以下の通り。

提婆達多品・安楽行品・分別功徳品・随喜功徳品・法師功徳品・常不軽菩薩品

薬王菩薩本事品・妙音菩薩品・観世音菩薩普門品・陀羅尼品・妙荘厳王本事品

普賢菩薩勧発品

以上の各章の中で、提婆達多品はサンスクリットの原典がありません。
また同品は最古の原典からの漢訳である鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』には欠品となっており、訳出年代の古い竺法護の『正法華経』には見宝塔品の末尾に付加されていますが、これは原典からの訳出ではなく後世の創作付加の部分です。
恐らく、『妙法蓮華経』の中の提婆達多品は、その拡大版である可能性が高いと言われています。

要するに、スムーズに読めないと言うか、一種独特の違和感を感じる事の原因の一つには、こうした後世の挿入が関係しているかも知れませんね。

仏教上の昔からの決り事の一つにインド撰述の経典は正統な仏典と看做すことになっているのですが、『法華経』の開経である『無量義経』は5世紀に中国で創作された偽経ですし、女人成仏・悪人成仏で名高い提婆達多品はサンスクリット原典の無い後世の付加品ですので、異質なテクストを含む事も読む者に違和感を感じさせることの原因の一つかも知れません。

また、如来寿量品で説かれる「久遠本佛」の思想は、原始キリスト教の異端説である「キリスト仮幻説」との関係も指摘されており、原『法華経』成立当時のインド世界が地中海世界と活発な経済交流がなされていた事が、当時の遺跡からローマ帝国のデナリウス金貨が大量に発堀されていることからも裏つけられており、原始キリスト教と大乗仏教との思想の交流を考える上に於いても今後の研究が期待されるところです。

要するに原始キリスト教の思想を『法華経』は色濃く受けている可能性がありますので、ある意味に於いてはキリスト教的な要素を読む人に感じさせるために違和感を覚える方々も多いようです。

そう言えば『法華経』を熱狂的に奉じる教団は得てして絶対的一元論的な教義を構築しているのも、その辺りに遠因があるのかも知れませんね。

【補足への回答】

『法華経』には「業病思想」や人種差別の正当化が明確に説かれています。

この思想は、古代インドにおけるハンセン病者や肌の色の黒白による人種差別を大乗仏教徒達が容認していたことの動かぬ証拠でもあります。
勿論、原始仏典から精査されたブツダ本来の思想には業病思想や人種差別は説かれておらず、人間不平等のモデルのような古代インドの社会に於いては一種の危険思想とも言える人間平等の理念によって教えを説いています。

『法華経』は仏教内の宥和一致を謳った優れた面と、数多の信者を獲得する為にインドの習俗に迎合してブツダの本意に背いた面がある事も凝視すべきです。

貴女がおおせのように、ある意味では「堕地獄」や「悪重病」等は信徒獲得の為の脅し文句であると言えるでしょう。

詳細。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1451320589


経典を予言書にしてしまっては三世も何も無くなりますね、そして法華経そのものもバラモン教の神々抜きには成立しない(仏罰のお話も成立しませんね)ことから仏教と言うよりバラモン教の方が近い経典と理解します。

  • sto********さん

    2014/9/2723:18:46

    うん、私は基本的には知識より感覚派なんですが、「思い込みとインスピレーションの違いが分からないと危険」なので、何事も鵜呑みにしないようにしてます。

    法華経に関して非仏教に近い側ですが経典に出てくる神々は否定しません、それそのものは揺るぎない存在と認識します。

    霊的な事柄は断片的にしか分からないのですが、終末思想など、或いは世の建て替え建て直し(日月神示)なども人類側に立ってくれてる方々、「霊界側が敢えて流す」ケースが多いようで、人類のための嘘も含まれるようです。

    ですのでそれぞれの内に秘める、これでいいと思ってます。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2014/9/28 09:59:11

有賀等御座います、失礼ですが、推測通りの回答でした…偏見無く普通に分前ての意見が良いですね、知った上で分別、選択は知者に値しますね、法華経も正しく理解が在れば、愚経偽経も法華経の内ですね、全ての経典自体が何かしら影響を受け究極は仏法は龍樹、鳩摩羅什等の釈迦入滅後の制作ですから、否定も肯定も思いの侭ですね…仏法、法華経を考えて頂ける事に私は感謝します…失礼しました…

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

hayabusaさん

2014/9/2721:38:36

『終末とは、神界や宇宙天地の終末には非ず。進化途上の人類が、人知の行き過ぎに気付かず天地万生のあらゆる間釣り合わせの仕組み破壊すら招かん恐るべき反逆は、許し得ざる限界と時を招来するを以って、その前に古く腐りたる人魂は改魂致さすか、大洗い致す外なき為、一段マコト文明期への大切り換えの方便として、今迄の在り方一切を大建て換え致す荒れさま世に起こるを終末と申させしなり。』

『人間丈の心にて考えて放つ言の葉を玉の緒といたすは信よ。万象創造の神霊の霊力や仕組みの法より離れし人間が、勝手な屁理屈造りて申す言の葉信じてアオグが仰ぎ、人間に地の宝堀出す力先ずつける為、一時マコト神が神降ろし致せし方便の仕組みが信仰なり。その時代は終わるなり。それを判らす為行き詰まらす仕組みが「終末」と申させしものなり。終末は同時に種人造りについで出来る選び子によるマコト神統一の文明への曙となるなり。』

『宗教の時代、言い換うれば人類ブレーキ信仰、即ち宗教時代の神の仕組みの方は終末期が来てしまいあるなり。それが一つの大いなる世の「終末、世の終わり」といわせたり。世の大建て換えにてもあるなり。如何に屁理屈申そうとも、あがこうとも無駄なり。』

『汝に教えし「ブレーキ宗教時代」は終末なり。昔より世の終末と申さしめ、仏滅(物滅)と告げしめしも皆この為よ。アガキホザキ共々無駄となるなり。一切切り替えの時なるなり。』

以上は終末について示された御神示より抜粋したのです。

万象万物をされた神霊力や仕組みの法則というものから離れてしまった人間が、自分が宇宙を造ったかのように屁理屈を並べた言葉を、有り難がって信じアオグのが「仰」という字です。つまり人間が考え出した教えを信じ仰ぐのが「信仰」なのだと神は教えて下さっています。

釈尊、イエスはかつて神霊界におられた神だったのが、人類の欲望の暴走にブレーキをかけつつ、物質文明を進めさせる役目を担って、この地球に出てこられました。そして人類に対して仮の教えを説いて導いてこられました。これが宗教なのです。

宗教というものは、この二、三千年の人類の導きのため出されたもので、決して永遠の真理を説いたものではなかったのです。

信仰というのはもともと、人間に地の宝を掘り出して、物質文明をおこす力をつけるため、主神が降ろした仕組みだったが、いよいよ時節が来たのでここで終わらせる。そのことを人類に判らせるため色々な面で行き詰らせる仕組みを、神は「終末」と言わせたのです。

そして<終末>というのは同時に、種人によって出来る<選び子>のことで、主神がなさろうとしている新しい統一文明つくりが行われる<曙>でもあるのだ、と神様は仰っているのです。

信仰が意味のある時代は終わることから仏滅(物滅)といわれ、終末であり、曙でもあるのが、これからの時代、二十一世(聖)紀ということです。

物主な物、金中心の水の時代の終末です。

そして二十一世(聖)紀は霊主な魂中心の火の時代の始まり、神の地上天国造りのための十字文明、神文明、新しい文明原理の出発の時代なのです。

現在の物主文明(仏の世)はいずれ終焉を迎え、再び神の世へと大転換していく。これが神のご経綸です。

ミロク下生の世、メシア降臨の世と言われています。

あわせて知りたい

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる