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深淵をのぞく時、 深淵もまたこちらを のぞいているのだ の 意味を教えてくださ...

hayyuji9401010さん

2014/10/1012:09:24

深淵をのぞく時、
深淵もまたこちらを
のぞいているのだ の
意味を教えてください!

心理カテゴリー皆さんの
ご回答のほど、
お待ち申しております!

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ベストアンサーに選ばれた回答

2014/10/1515:24:53

これは哲学者ニーチェの言葉です。ニーチェは最後に狂死しますが、牧師の息子であり、早世の天才で20代前半で大学の文献学教授になりました。その作品には刺激的な言葉が溢れています。
深淵とは心の奥底を表しています。人は心の奥底をのぞく時に、のぞかれている心の奥底もこちらをのぞいていると言うことです。心理学的に表現するなら、人が己の意識を持って、己の無意識を覗いている時には、無意識も意識を覗いていると言う事になります。人間の無意識は万人共通にあるもので、意識はそれぞれ個人にあります。意識が深淵を覗く時、万人共通の無意識の深淵もこちらを覗いています。深淵は万人共通にある地獄です。
人間は善悪の合金だと、ロゴセラピーを創始したビクトール・フランクルは、彼の著書「死と愛」の中で述べています。代表作「夜と霧」と共に優れた作品ですから読んで見てください。フランクルの著作の中にニーチェの思想と言葉は良く出てきます。「生きる意味を知っている者は、どんな状況に置かれても生きる。」などです。がむしゃらに生きることは意味がありませんが、ニーチェが言っていることはもっと意味の深いものです。ニーチェがキリスト教を批判したことは有名ですが、その批判は当たっているのです。本当のキリスト教が無いと指摘しているのです。それは当たっています。マザーテレサのような人が表に出ないのです。表に出ているのは何時もラベル・クリスチャンです。
人の心に深淵がある以上、人は人生において自己との戦いは避けられません。人間は自己に負ける人が本当の敗北者になるのです。自らの深淵は総ての人の深淵に繋がっています。それゆえ、人の叫びは深淵から発せられるのです。世界が心の深淵に広がっているわけです。人間存在は必然として深淵を分かち持っています。
だから、闇に住む人とは、これらの深淵に住む人とも言えます。自らのみが善と悪の合金ではなく、総ての人が善悪の合金だからです。総ての人が善と悪を分かち持っているわけです。
深淵の構造は、こういう具合に出来ています。この深淵を覗く時に、人は己の罪を知らなくてはなりません。地獄を見つめる時に、自らも地獄であることがわかるでしょう。人間は天国と地獄の中間に住んでいるのです。地獄を知らない人は天国も知ることがないでしょう。
とりあえず、深淵とは何かをビクトール・フランクルの本を読んで見つめてください。人生を深く美しく生きることは何人にとっても至難なことなのです。
「私は、真理であり、道であり、命である。」このイエス・キリストの言葉は真理です。

質問した人からのコメント

2014/10/16 21:23:16

降参 ご回答のほど、
頂いたのでbaを差し上げます!

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