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お世話になります。 神明社をはじめとする各地の神社には、敷地内に稲荷神社が...

foo********さん

2014/11/119:33:29

お世話になります。

神明社をはじめとする各地の神社には、敷地内に稲荷神社が併設されていることが多いように思います。
どうして、稲荷神社を併設しているのでしょうか?
教えてください



宜しくお願い致します。

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kut********さん

2014/11/120:05:55

稲荷社は全国の神社の中で最も多いです。

全国の8万社の中に稲荷社が3万社以上あるのですから、

屋敷社も稲荷系が4割以上をしめます。

神明社をはじめとする各地の神社には、敷地内に稲荷神社が併設されることは

統計上からも当然です。



稲荷系32000社、天満系11000社、宗像系8500社、厳島系8500社、諏訪系5100社、日吉系3800社、松尾系1200社、熊野系3100社、津島系3000社、白山系2800社、八坂系2600社、鹿島系1000社、金刀比羅系800社、多賀系300社、大宰府系200社。

■なお、稲荷社は、産業全般から、食物から、福運から、芸事、音楽、厄除け

などなど、実にご神徳が多い神でもあるので、皇室ゆかりの格調高い神明社と

一緒に奉斎することは当然の流れであり、また、あたり障りのない神でもありますしね。

稲荷社は全国の神社の中で最も多いです。

全国の8万社の中に稲荷社が3万社以上あるのですから、...

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

shi********さん

2014/11/206:52:49

ご質問の稲荷神社はその神社にとっての末社というものに当たります。末社とは御本殿の神様とは別に信仰があって勧請されたもの、もしくは地元で信仰された祠が神社へ遷座されたものです。明治時代、村が合併される際にそれまでの字や組で祀っていた神社も合併されました。これが「神社合祀」と呼ばれるものです。神社合祀は本殿に合祀されるのですが、そうならずに末社として境内に祀られる社もありました。
そもそも稲荷は五穀豊穣、商売繁盛の神様で江戸時代には全国に多くの祠が勧請されていました。この稲荷神祠が明治時代に本殿に合祀、もしくは末社になったものが相当数ある訳で、稲荷神社が境内にお祀りされている事例が多いのはこの点にあります。
また土地制度から見ていくと、それまで村でお祀りしていた稲荷神祠が明治の地租改正で税金が課せられるようになり(邸内社や無格社には地租が賦課されます)、維持管理の問題から大きな神社(営造物法人としての)に合併した方が永続性がある場合があり、それが神祠の末社化を促進した面もあろうかと思います。
要するに江戸時代さかんに信仰され、全国にたくさんの祠があったお稲荷さんが、明治の神社制度改正のなかで末社化されていったものが多いからというのが理由です。

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