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幕末の倒幕派って最初は攘夷思想でしたよね?無理だと分かって開国に変わったんで...

gau********さん

2014/11/208:53:25

幕末の倒幕派って最初は攘夷思想でしたよね?無理だと分かって開国に変わったんですか?

だったら幕府のままでいいんじゃないですか?

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ゆう先生さん

2014/11/208:57:12

幕府のままの政治だとうまくいっていなかったんでしょうね。

また、中国(清)のように戦争になれば負けて植民地化されるという不安もあったでしょうから近代化された軍隊と、そのための予算も必要だったではないでしょうか。

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ntn********さん

2014/11/216:50:42

別に開国論に変わった訳では無いんです。
攘夷は攘夷でも大国隆正等が唱えた大攘夷論です。
先ずは国内統一を行い、開国をし貿易により文化や技術を学び、欧米列強に対抗し得る国家を創ると言う事です。
その結果が日露戦争や太平洋戦争です。

2014/11/211:01:18

勤王派の目的は倒幕でした。
長州の桂小五郎は、旧態にとらわれず、ロッシュの案を採用して改革を断行していく慶喜に危機感を抱いて、このままでは家康の再来になると脅威しています。
幕府主導で近代化を進められては、天皇を政権のトップに据えたい勤王派は道を閉ざされますから。

ロッシュの改革案は最終的に幕藩体制の維持は不可能なものでしたが、ただロッシュは、「日本の歴史を見るに、天皇が政務を執ると必ず災難が起きる。天皇は象徴とし、政務は幕府が執るという形が日本には適しているのだ」と言っていました。
結局その通りでしたね。
西周の構想も幕藩体制の維持は不可能なもので、どのみち幕府は倒されなくとも自壊する時期だったんです。

aki********さん

2014/11/210:03:08

日本はもともと、朝廷を頂点としてなりたっております。
幕府は、朝廷から内政等の「大政」を預かっていているから日本を統治していたのです。
しかしながら、1867年に、幕府は「大政」を朝廷に返しました(大政奉還)。
幕府のままでいいではなく、幕府がこれまでの大政を担うことができませんといって変わったのです。
したがって、幕府のままでは日本の統治ができないということなのです。

よく、長州や薩摩が下剋上したかったといいますけど、400年も昔から恨みつらみを持ち続けてる(←これはありうるけど)、その上で、日本全体を変えることなんてできません。

様々な事柄の積み上げで歴史は築かれるので大きな目と広い視野、そして個々の出来事を精査すると見えてくるものと考えます。

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ppt********さん

2014/11/209:10:50

倒幕派で活躍した中心人物は身分の低い武士ばかりです。

幕府では身分の高い家に生まれなければ政治には参加できません。
どんなに才能があっても努力しても身分の低い家に生まれたらそれで、お終いです。

開国とか尊王とかは、建前であって、彼らが本当に目指したのは幕府を滅ぼすことで封建制度を壊し、生まれた家によって人生がすべて決まってしまう世界から、身分の低い家に生まれても努力や才能によっては高い地位に就くことが出来る、新世界を作ることです。

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