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西周の王位継承の順番、王系についての情報が、実は後世に作為的に歪められている...

kyo********さん

2014/11/817:30:03

西周の王位継承の順番、王系についての情報が、実は後世に作為的に歪められている、偽造されている可能性を指摘する研究者の方がおられるそうですが、仮にそれが正しいとすると、

現在伝わっている周王朝のそれぞれの王の統治期間や家族関係には、歪みが生じている、不自然さがあるのでしょうか?

『古代殷王朝の謎』 (伊藤道治著、講談社学術文庫) に、

西周の王系は父子相続で、兄弟相続はみられない。しかし、周公旦の長子が封建された魯の国をはじめ、西周時代の諸侯の国では兄弟相続が行われているので、この時代にも兄弟相続の習慣はあったのである。そこで、西周の王系は後世に作為的な変更を加えられ、それが現在に伝えられているのではないかという説もある。

という記述があります。

家族関係だけを偽造して父子相続で王位が継承された家系図・王位継承図を作り上げたと仮定すると、
その王の実母は誰か (どの后から生まれたか)、
その王の生年はいつか、
その王が即位した時の年齢、死没した時の年齢

など幅広い記録にわたって偽造していかないといけませんよね?
そういう疑いがあるのでしょうか?

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zev********さん

2014/11/1322:50:17

陳舜臣著「中国の歴史」によりますと、第10代厲王(れいおう)の時代、大戦乱があり、王自身が都に居られない状況だったそうです。
だからその王の諡号(しごう)が「厲」(わざわい)だともいいます。

実際このとき、共伯の和という人物が執政したそうで、それが「共和」という、「君主が存在しない状態」を意味する言葉になったそうです。

また、この時代の以前と以後では、年代の明確さがあきらかに異なるそうです。
その戦乱で、記録が失われたのが原因らしいです。

なので、後世の者が作為的に工作する余地はあるといえるでしょう。

質問した人からのコメント

2014/11/14 17:49:18

抱きしめる >また、この時代の以前と以後では、年代の明確さがあきらかに異なるそうです。
>その戦乱で、記録が失われたのが原因らしいです。

偽造・捏造の疑いが濃厚、ということなんですね。
戦災で失われた、なんて日本の豪族が偽系図を作るときや、平家部落の名家において、なぜか江戸時代ごろに作られた系図の「複製」しか残っていない時の説明と同じですね。

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