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WW2当時の日本の能力では離陸補助ロケット(ヴァルターロケットなどの高度なも...

one********さん

2014/11/1520:47:03

WW2当時の日本の能力では離陸補助ロケット(ヴァルターロケットなどの高度なものではなく、固体燃料ブースターなどです)を戦争前半に開発配備して実用することはできなかったのでしょうか?

単に開発着手が遅かっただけなのか、それとも技術的に不足だったのでしょうか?
それとも機体や部隊側の対応が出来てなかったからなのでしょうか?

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oum********さん

2014/11/1712:55:14

日本の火薬ロケット開発は昭和6年ごろから始まっており、海軍では海軍火薬廠がその中心でした。
村田勉を中心とした開発チームがこれにあたっており決して出遅れていたとは言えません。

火薬ロケットの技術的難関は火薬の成型であり、スキマや気泡が入らないよう一定の圧力で火薬を筒状に固める技術イコールロケット推進技術だと言って良いものです。

日本においてこの技術が実用レベルに達するのが昭和18~19年ごろで、陸海軍の墳進弾や墳進砲に4式(昭和19年制式採用)が多いのはこれが理由です。

天山艦攻の離艦補助具(RATO)である4式1号墳進器、これは桜花のロケットエンジンと基本的に同じものですが、これも初期段階において火薬成型の不具合が見つかっており、実戦に使われることなく終戦を迎えています。

この史実から考えるに、大戦前半期においてRATOを実用化する事は日本においてはほぼ不可能と考えるほかなく、技術的に見て昭和19年というのが最速であったと思います。

質問した人からのコメント

2014/11/18 23:17:07

納得がいきました。ありがとうございます。

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asa********さん

2014/11/1611:39:17

日本軍は、戦艦の後部に火薬式カタパルトを搭載して、そこにフロートが付いた水上機を火薬で射出して離陸させていた、上空から着弾状況を観測、無線で砲撃の修正角度など知らせることをしていた、




ドイツから潜水艦で密かに運んだワルターロケットエンジンの図面が一部撃沈され、そのため、実用化が遅れた

県営名古屋空港隣りの三菱重工小牧南工場の、航空機展示館にはワルターエンジンを搭載して初飛行したJ8M秋水(キ200)の復元モデルが常設展示していおり予約すれば一般の人でも見学できますhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E6%B0%B4

また、大手便器メーカが作ったワルターロケットエンジンを搭載したイ号1型空対艦誘導弾は真空管の故障で熱海温泉の入浴中の女性客に命中してエロ爆弾と言われ開発中止となった

bon********さん

2014/11/1521:21:41

いや、使ってましたけど。

pad********さん

2014/11/1521:09:17

硫黄島で活躍した四式四十糎噴進砲は、
一種のロケット弾で、重量が500kg口径が400mmですから、
推進部分は 離陸補助用の固形燃料ブースターに転用可能化と思われます、
使用する固形燃料は,無煙火薬にニトログリセリンを少量混ぜたもので
補助翼が無くても飛翔は安定したと聞きますから,可能性は高かったと思います。
ただ,配備されたのは昭和18年で実戦投入は沖縄と硫黄島ですから、前半での配備は困難ではなかったと思われます。
液体燃料を使用したロケットブースターも,ドイツからの資料を参考に試作しています。ロケット戦闘機 秋水
試験飛行までは行っていますが,燃料を付くために触媒の白金を大量に使用するため,実用化は不可能だったといわれています。

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