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モダニズムとは誰がどのような作品でどのようなことを唱え、どんな影響を与えたも...

hir********さん

2015/1/2214:42:05

モダニズムとは誰がどのような作品でどのようなことを唱え、どんな影響を与えたものなんでしょうか?
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jlp********さん

2015/1/2215:44:36

モダニズムは最初、建築で始まったものでした。
それが後に、文学や思想にまで広がって、文学や思想にも、モダン・近代ということが言われた。
建築におけるモダニズムは19世紀の後半の建築様式として登場しました。
機能的・合理的な建築を称して、モダニズム建築と言いました。
現在のビルディングはたいていモダニズム建築です。
ただ、ほとんどすべてがモダニズム様式で建築されているから見慣れていて、誰もそれをモダニズム建築と呼ばなくなったというにすぎない。
四角で、直立し、無駄がない、ビルの中の部屋も、四角で区切られ、整然としている。
実に機能的・合理的。
文学でいうモダニズム・近代というのは、文学作品は自己の思想・心情を「表現」したものという、その「表現」という言葉にある。
「表現」とは自己の内部にあるものを外に「表出」するという考えに基づく。
モダン・近代文学以前の文学というものは自己の内面の「表現」ではなかった。
その「内面」というものが近代の言語改革によって、つまり言文一致によって作られた人為的なもので、制度が作ったもの、もともと人間に「内面」があったわけではない。

また、言語学でいうモダンと言えば、言語・言葉は「音声を表記したもの」、言語は基本的に「声」にあり、その「声」を表記したものが文字である、という考えにつながった。
しかし、その考えはせいぜい、200年しかさかのぼれない、モダン・近代以前は文字は「音声」を表記したものではなかった。
西欧のラテン語にしても然り、日本の漢字にしても然り、日本の漢字は中国の文字表記に使われたもの、日本人の「音声」を表記したものではない、でも日本では平安時代から公的言語と言えば漢文だった。
音声は抑圧された。

思想のモダン・近代はデカルトに始まる。
デカルトは心を実体、身体・物質を実体と言い、心身二元論を唱え、真理の基準を外界から人間の内面に移した。
そして自我とか主体を中心として世界を構成した。

ただ、文学における、思想におけるモダン・近代を、近代文学とか、近代哲学というようになったのは後世で、かれらの生きた時代には、そうは言わなかった。
言われるようになったのは、建築におけるモダニズムが言われるようになった以降。

その建築におけるモダンと思想におけるモダンは20世紀初頭、建築におけるポスト・モダンが登場し、日本人でいえば後期の丹下健三、安藤和夫、そして黒川記章などによって、続々と新しい建築が作られ、戦後フランスのポスト・モダンの思想家によって
、デカルト・カントを経てヘーゲルに到る、モダン・近代哲学の、自我がある、主体があるという思想が否定されることになった。

  • jlp********さん

    2015/1/2302:06:28

    上のnipponianipponさんは建築におけるモダニズムとポスト・モダンを取り違えています。
    安藤忠雄(間違えて和夫と言ってしまいましたが)とか、後期・丹下健三とか、黒川記章の建てた建物はポスト・モダン建築であって、モダニズム建築ではありません。
    ル・コルビジェはそのポスト・モダン建築を推進した人です。
    磯崎新の建築史を読めば、そういうことが書いてあります。

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nip********さん

2015/1/2306:40:03

この問題は、まさにこれから自分が考えていこうとしているテーマです。
正直、まだ考えがまとまっていないので
ここで書いたことを軸にまた考えてゆくためのよい機会と
思って少し書かせてもらいます。
モダニズムといえば、建築のコルビジェでしょう。
コルビジェ建築の特徴は、本人は五原則で述べています。
(1)ピロティ
(2)自由な間取り
(3)自由な外観デザイン
(4)横長の窓
(5)屋上庭園

(1)のピロティは上野にある国立西洋美術館を
思い起こしてもらえればいいと思う。
建物全体が柱で宙に浮いた印象を与える。
コンクリートの重厚な建築に浮遊感を持たせている。
反重力と表現してもいいかな。
これは、西洋の噴水にも垣間見られる。
これを反自然の思想、と捉えれば、近代的ともいえる。
また、天を志向する、と捉えれば、いかにもキリスト教的でもある。

五原則にはないけれど、コンクリートの打ち放しも
コルビジェ建築のよく見られる手法。
モダニズム以前の建築を含む美術は過剰な
装飾の様式美が特徴とくくることができるのかな。
一方のコルビジェは素材そのものの美を生かす
マテリアリズムとでもいうのかな。
詩だと、シュールレアリスムから
戦後の「荒地」などのモダニズム詩人に共通するように
意味や韻律の支配から脱して、
イメージや素材としての言葉そのものが持つ勁さを
意識した作品作りなどの方向性と合致する。

コルビジェ建築の継承者は世界に多いけれども
日本では何と言っても安藤忠雄が第一人者でしょう。
自分は安藤建築が好きで遡及的にコルビジェに興味を持った。
また、詩では田村隆一やシュールレアリスムの瀧口修造から
モダニズムに親しんでいった。
だから、点を線でつなげようとしている。
自分は体系的に系統立てて美術史や建築史を勉強したわけではない。
だから、いろいろと間違いがあるかもしれないけれども
ご了承ください。

まとめると
モダニズムは前近代の様式、言い換えれば約束事から
自由に飛躍して、表現の幅を広げた。
詩では自由詩、俳句では河東碧梧桐の自由律俳句を準備した。
そして、表現の主体が流派から個人へと移行していった。

自分の不十分な理解では、いまのところ以上です。

追記

モダニズムは詩にせよ、建築などの美術にせよ、
常にそこには「詩とは何か」「言葉とは何か」
「芸術とは何か」という問いが孕まれている。
便器を置いただけの作品、マルセル・デュシャンの「泉」なんかが
代表的でしょう。
つまり「メタ」という作者の意識とそれに基づく方法論がある。
だから、一見すると作品はわかりづらく、
前衛的という印象を受ける。
建築では、都市化という流れの中で
本来建築が持っていた土地性や風土性を生かした
ヴァナキュラーな性質から離れて、
画一的な建築デザインを生むこととなった。

この問題は、まさにこれから自分が考えていこうとしているテーマです。
 正直、まだ考えがまとまっていないので...

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