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アーサー王やエクスカリバーって実在したのですか?

アホな質問さん

2015/2/1205:41:26

アーサー王やエクスカリバーって実在したのですか?

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cel********さん

2015/2/1412:16:43

ケルト人と一括りにされている集団は「同系統の言語を話していた」だけで、アーサー王が実在したと仮定した場合のその時代(以下便宜的に"アーサー王の時代")では、アイルランド語とブリトン語(現在のウェールズ語の祖先)との間で既に言葉が通じなかったのはほぼ間違いないし、アイルランドやスコットランドでアーサー王が英雄とされてきた訳でもないし、等あり、ここではケルト人ではなく、ブリトン人という言い方をさせて頂きます。

ブリトン人は、ローマ支配下で一応は"キリスト教化"されました。6世紀のブリトン人のキリスト教僧ギルダスが書いた"De Excidio et Conquestu Britanniae"、直訳すれば"ブリテン島の荒廃と征服"という本は、アーサー王の時代、つまりブリテン島がピクト人やサクソン人の攻撃にさらされローマが撤退した”後”の時代の、サクソン人に対するブリトン人の抵抗も記述しており、アンブロシウス・アウレリアヌス(Ambrosius Aurelianus)という、ローマ系(?)の指導者が対サクソン戦を率いた事も書いてあります。が、アーサー王は登場しません。

アーサーに言及した最古の記録の”可能性”があるのは、詩人アネイリン(Aneirin)の作とされてきた詩で、ある戦士の勇猛さを表わす表現として"彼はアーサーではなかったが…"という言い回しが使われています。
これは、この詩が作られた時点で”アーサーという名前の勇士がいた"という認識があった事を示唆します。しかし、この詩が作られた年代ははっきりせず(早く考える説は7世紀)、この部分が後世の挿入である可能性もあります。

9世紀前半にウェールズで書かれたと思われる"Historia Brittonum"(ブリトン人の歴史)には、アーサーの12の戦いの記述があります。この中ではアーサーは、王ではなく"dux bellorum"(軍隊の指導者を意味するラテン語)とされています。ギルダスの"De Excidio…"に対サクソン人の戦いとして名前は出ている"ベイドン山の戦い"も、これではアーサーが戦った事になっています。

10世紀半ばにオリジナルが書かれたと思われる"Annales Cambriae"(ウェールズ年代記)では、516年にベイドン山の戦いでアーサーが勝利し、537年にカムランの戦いでアーサーとモルドレッドがたおれた、とされています。

アーサー王伝説が爆発的な人気をもつようになったきっかけは、12世紀の、ウェールズ人聖職者ジェフリー・オブ・モンマスの"Historia Regum Britanniae"("ブリトン諸王の歴史")です。これは、ローマ建国伝説のアエネイアスの子孫のブルトゥスが、巨人が住んでいたブリテン島を征服し初代のブリトン人の王になったところから始まり、7世紀の実在の人物であるカドワラダまで延々と続く"偽史"です。カエサルなど実在の人物も登場しますが、全体的には、どこ迄がそれ以前の伝説に基づき、どこ迄がジェフリー自身の創作なのかわからない、といった性格の本です。

さて…

「アーサーがベイドン山の戦いに参加した」という言い伝えが9世紀前半には存在していたと思われますが、ベイドン山の戦いと同時代の人物のギルダスの本にはアーサー王は登場しません。この最も素直な解釈は「アーサー王は実在の人物ではない」(ベイドン山の戦いへの参加は後世の”伝説”の一部)というものです。とはいえ、「実在したが、何らかの理由でギルダスが書かなかった」可能性が否定できる訳でもありません。
が、史料に登場しないものを「書いてないだけで実在した」と言うのが根拠になりうるのなら、誰でも存在したと言い張れてしまい「歴史の議論」とは言えません。

という訳で「伝説化前の同時代史料に登場しないので、実在の人物とは扱わない」というのが一般的な扱いです。
これは「仮説」というより、「歴史での常識的な考え方を適用した普通の結論」です。

Historia Brittonumにあるような、サクソン人と戦うブリトン諸王国軍の(王ではなく)リーダーがいた、というのはアーサー王の時代の状況からして充分にありうる事ですが、それと、アーサー王が実在した、というのは全く別の話です。

エクスカリバーは上記ジェフリーと、(早ければ)ほぼ同時期に文字化されたウェールズの伝説で初登場します。史料の性格からして、当然実在性の議論の対象外です。

勿論、非実在の厳密な証明は不可能ですが、歴史では「存在した根拠がない・信頼できないなら、非実在と扱う」、それだけの事です。

(参考)

アーサー王の実在性を研究している"真っ当な"学者はいますが、ほとんどが"アーサー王というブリトン人の王がいたかどうか"ではなく"モデルになった実在の人物は誰か"を研究しています。"万が一それがわかったとして、だからどうなの?"という目では見られたとしても、妄想扱いはされていません。

イングランド東部のカムロドゥノン(現在のコルチェスター)をキャメロットと考えるのは、よくある”語呂合わせ”の類に近く、”真面目な研究”とは言い難いです。

質問した人からのコメント

2015/2/18 22:32:22

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pla********さん

2015/2/1318:18:37

歴史学は、実在や真実を証明出来ません。

出来るのは、現存する伝承や考古学史料を見て、過去の70~90%を想像することです(これを高度な蓋然性証明、と言います)。
あくまでも、(実体験の伴う現代史を除く)歴史学研究は基本的に誰かから聞いた話や現存する史料から再構築した過去の予想でしかありません。これが大前提です。

で、アーサー王については実在説と非実在説がありますが、いずれも仮説の域を出ません。そして、実在説の中に、アルトリウスという人物をアーサー王のモデルと考える説があります。

leo********さん

2015/2/1303:02:15

現英国王室の始祖は、フランスから侵入したノルマン人ですが、アーサー王とは一切関係ありません。アーサー王は、一説によれば、侵入してきたアングロ人やサクソン人と戦ったケルト人の王とも言われています。侵入者によって歴史上抹殺されてしまいましたが、民間神話として広く伝え告がれ、現在に至っています。現在でも「湖のランスロット」など、興味深い話が伝承されています。

2015/2/1217:17:57

限りなく実在しないとされていますが、実在した可能性もあるので現代でも夢みがちな考古学者が探求しています。

神話や伝説も実話になることがありますから、夢のある話ですね。でも実際に真面目に研究すると、ムー大陸やアトランティス並みの「妄想」扱いされる場合があります。

時代背景としてはローマの支配が弱まり、ピクト人など蛮族が群雄割拠を始める前とされています。真面目な研究では「ローマ系支配者をモデルにして」いるのではないか、「王都キャメロットはカムロドゥノンがモデルではないか」など言われています。当然証拠はありません。

アーサー王ももちろんですがルフェイなど魔女、エクスカリバーなどのモノも発見されておらず、証拠のひとつもありません。(逆に言えば嘘だったという証拠もありません)

時の行者さん

2015/2/1212:57:42

アーサーは伝説の域を出ませんが、8世紀ころのケルトの騎士に名前が見えています。それによればかなりの理由でブリテン人を何度も追い払い、最後は戦時下とのことで実在しアーサー王のモデルになったと考えられています。(アーサー王自体ではないです。ケルト人はキリスト教徒ではないので)

エスカリボーグ(英語読みでエクスカリヴァー)は一度鞘から放たれたら誰かを殺めるまで鞘に戻らないという魔剣で、原型としては北欧のフレイの魔剣や魔剣ダーインスレイブ 、魔槍グンニグルと同じ働きなので、架空の剣と思われます。キリスト者が使えば魔剣も聖剣となるのです。

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he0********さん

2015/2/1208:34:37

両方とも、フィクションです。

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